ファランクスの右腕

御剣ひかる

精鋭部隊の裏側

 防衛陣形ファランクス。

 古代の文献を紐解くと、この陣形を駆使した国家は最強の名をほしいままにしていたという。

 歴史研究家から告げられた一言に、四方を敵国に囲まれるフォルティア国の王は、さっそく軍隊にその陣形を習得せよと命じた。


「文献によると、ファランクスの右端には一番の腕前の戦士達を配置するといい、とあるそうだ」


 槍と縦で武装して横一列に並び、守りを固めるその陣形では、右端の守りが薄くなってしまう。なので強い戦士が右端を守るのだそうだ。

 そういうことなら、と軍の中で強い者たちが集められ、ファランクスの右腕と呼ばれるようになった。


 ファランクスが功を奏し、フォルティアの周辺国は攻めあぐね、以前より情勢は安泰する。

 それにより、ファランクスの右腕に属する戦士とその家族には特別手当が支給されるようになった。

 さらにその中で、一番右である「一番槍」と呼ばれる位置につく戦士には手当の上乗せがされた。一番死亡率が高いとされているのでもっとものことだ。


「今年の一番槍もまたロランか」

「強いもんな」

「特別手当か、うらやましい」


 そんな声が右腕部隊の中でもう三年連続でつぶやかれている。


「あいつがいるかぎり、一番槍をとれないよな」


 右腕部隊の二番手、マーカスがぼやく。

 彼には病気の母親がいて、治療費もばかにならない。

 右腕部隊の恩給では生活がかつかつだった。

 なのでぜひとも一番槍の恩給も得たいのだが、なにせロランは強い。一番槍をかけた模擬線で辛酸をなめ続けている。


 いっそあいつが戦場で亡くなれば、と黒い考えが浮かんだことは一度や二度ではない。

 だが戦場でロランを陥れようとすれば、マーカスが咎を受ける。当然右腕部隊からも外され投獄される。そうなれば母親の治療もできないのだ。

 やはりきちんと鍛錬して実力で一番槍を取るしかない。


「今年も一番槍はロランだね」


 マーカスの左隣、つまり三番目に強いベルットがマーカスに話しかけてきた。


「あぁ。ま、仕方ない。あいつ強いから」

「でもマーカスはお母さんの治療費を出さないといけないから一番槍になりたいだろう?」


 マーカスは「そりゃ、ね」と苦笑いした。

 しかし強い者が一番槍を務めるのは当然のことだ。その地位がほしければ実力をつけるしかないのだ。


「おたがい頑張ろうね。――あ、これ、うちの母親が作りすぎたからマーカスも食べてくれよ」


 ベルットが差し出してきたのはポテトサラダだった。


「おっ、俺それ好きなんだよ。有難くいただくよ」


 ベルットは人当たりのいい笑みを浮かべてサラダをマーカスに差し出した。



 その夜、マーカスは強烈な腹痛で倒れてしまった。

 死にそうなほどの苦しみの中、ベルットのつぶやきが聞こえた。


「これで、あとはあいつだけか……」


 朦朧とした意識の中で見たベルットは、今まで見たことのない暗い笑みを浮かべていた……。



(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ファランクスの右腕 御剣ひかる @miturugihikaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ