最終話 新しい物語


「……え? え?」


 扉が開き、ノゾミが振り返る。

 そこにはメイ、そしてカノンが立っていた。

 意地悪そうな笑みを浮かべて。


「メイ、それにカノンも……なんであなたたちがここに? これってどういう」


「あらあら、ノゾミさんったら。ここまで動揺するとは、少し想定外でしたね」


「だな。おいノゾミ、今やお前も立派な幹部なのだ。部下の前でそんな顔、見せるものではないぞ」


「そんなことより、これってどういうこと? と言うか、二人は知ってたの?」


「無論だ。まあ、カノンに口止めされていたからな、黙ってたのは悪かった」


「カノン、どういうことなの?」


 ノゾミの動揺する姿がおかしくて、カノンが口元に手を添えて笑う。


「雪城雅司さんの魂は、契約に基づき回収されました。彼の魂に宿る感情は、それはそれは素晴らしいものでした。おかげで魔族は、以前よりかなり潤った生活が出来るようになりました」


「冥界が嫉妬するほどにな」


 不満気にそう言い、メイが口をとがらせる。


「ご存知のように、魂は浄化されたのち、天界へと運ばれます。次なる輪廻の為に」


「クールぶって言ってるがな、今回の件でこやつ、かなり奔走したのだぞ」


「ちょっとメイ、それは言わないでって」


「それは無理な相談だ。お前がノゾミを思い、雅司を思ったからこそ、この再会が叶ったのだからな」


「もう。相変わらず意地悪よね、あなた」


「ははっ、すまんな」


 メイとカノンが笑い合う。


「浄化された魂は、新たなる命として輪廻します。ですが……メイが言った事ですし、今更隠しても仕方ないですね。私は彼の魂を、魔族として転生させることにしたのです」


「……」


「記憶、感情。それらは全てリセットされました。ですから当然、以前と同じ存在とは言えないでしょう。私に言えることはひとつだけ。彼の魂は間違いなく、雪城雅司さんだと言うことです。

 これからあなたがどういう選択をしていくのか。それはあなた次第です」


「カノン……」


「あの……」


 マサシの声に、ノゾミが振り返る。


「何でしょう、マサシ」


「失礼ですが、それ……とてもよくお似合いです」


「え……」


 ペンダントを指差した雅司に、ノゾミが声を漏らす。


「……どうしてそう、思うのですか」


「す、すいません、不躾ぶしつけにこんなこと……ただそれを見てると、心が温かくなっていくと言うか……」


「な……ならばマサシよ、これはどうだ?」


 メイもペンダントを見せる。


「は、はい。何だか、とても懐かしい気がします」


「マサシ!」


 メイがマサシを抱き締める。


「ええっ? あ、あの、その……俺、何か変なことを」


「いや、いい、何も言わなくていい。むしろ喋るな。お前はただ、私の抱擁を受け止めればいいのだ」


 瞳を濡らし、メイが囁く。

 その光景に、カノンが感嘆のため息を吐いた。


「信じられません……でも、こんな光景を見てしまったら、信じるしかないですね……

 彼の魂は、間違いなくリセットされています。前世の記憶なんて、残ってる筈がないのですが……

 彼にとってそのペンダントが、よほど大切な物だったのでしょうか。まるでそう、魂の奥底に刻まれてたと言うか」


「勿論だ。これはな、私たちの絆、そのものなのだ!」


 子供のように泣きじゃくり、メイが熱く訴える。


「いいですね、二人共。こんなことなら遊園地、私も行きたかったです」


 そう言って、羨ましそうにメイを見つめた。





 ノゾミが微笑み、メイを抱き締める。

 するとノゾミの頭を、マサシがそっと撫でた。


「え……」


「あ、す、すいません、先輩にこんなこと」


 そう言って慌てて離そうとした手を、ノゾミが握る。


「……先輩?」


「今だけです。今だけ許してあげます。続けなさい」


「は、はい、では……失礼します」


 マサシが優しく、ノゾミの頭を撫でる。

 ノゾミは幸せそうに微笑んだ。




 ――またこうして、あなたに撫でてもらう日が来るなんて。




「でも、どうして頭を?」


「よく……分かりません。ただ、先輩を見てると、その……こうしたくなって」


「そう、なのね。いいわ、じゃあこれから私の部屋で、マサシの歓迎会をしましょう。二人も来るわよね」


「無論だ。カノンもいいな」


「何だか私だけ部外者みたいだけど……そうね、久しぶりに飲みましょう」


「マサシもいいわね」


「は、はい、よろしくお願いします!」





 ノゾミの目にも、涙が光っていた。

 今までで一番、穏やかで温かい涙。

 メイを抱き締め、カノンを抱き締め。

 そして。


 奇跡の再会を。

 新しい物語の始まりを。

 喜び合うのだった。



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悪魔の初恋 栗須帳(くりす・とばり) @kurisutobari

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