どこまでも忌々しい

 その挙動から次の行動は容易に読み取れる。

 なのでルルは機体を前進させた。瞬間的に加速させると、アルゴス機に駆け寄り足払いをくらわす。


 結果として引き起こされるのは再びの転倒だ。

 飛び道具での攻撃を強制的に中断されたアルゴスの罵声が響き渡った。


「何しやがる!」

「何をしやがるってお前……そんな両肩をいかにも光らせておいて、次の一手を晒しているようなものではないのか。だから私は先んじて次の手を打ったまでのこと。実戦で同じようなことをやったらどうなるとか、そういう頭は回らないのか? 本当にその程度しか回らないのか?」

「くそう、どこまでも忌々いまいましい小娘こむすめだぜ……」


 悔しさに顔を歪める巨漢。よほど歯噛みしたのか、その唇には血がにじんでいた。


 そこからは一方的な蹂躙じゅうりんだった。

 ルル機による斬撃がアルゴス機の片腕を切り落とす。なんのことはない、霊素を少しだけ上乗せした手刀による攻撃だった。攻め一辺倒のアルゴスが防御術式をろくに会得していないのも手伝って、その威力は存分に発揮された。


「兄貴、兄貴! 話が違うぜ。こいつ……一体なんなんだよおおおお」

無様ぶざまなアルゴスお兄さま。見ていられないわ」


 そう言ったのはヒンドリーの隣に座るマリリンだった。

 呆れ気味の彼女は、それでもルルの攻撃を愉しんでいるように見える。その表情は引きつりながらも口角が上がったものだ。彼女の持つサディスティックな一面が立ち現れていた。


「兄貴……もう、やめさせて……くれ……」


 満身創痍のアルゴス機から弱々しい悲鳴が漏れる。


「ふん、イジチュール家の恥さらしめ。そのまま果てるがいい」

「そりゃないぜ、ヒンドリーの兄貴よぉ」


 やがて四肢を粉砕、切断された舞踏戦騎は大地に転がることになる。ルルによる完全な勝利だった。


「おーい、ヒンドリー。勝負あったんじゃないか」


 ルルがつまらなさそうに告げた。



 ***



 アルゴスが大敗を晒したその日を境に、イジチュール兄弟のルルに対する態度は一変した。むろん表層的なものに過ぎないことは、当のルル自身がよくわかっている。俗物だなと心中で毒づきながら、少女は用意された自室で羽を伸ばしていた。


 自室。

 元はアルゴスが使用していただだっ広い広間だ。

 豪華な天蓋てんがい付きの寝台に、よくわからない肉体美を強調した男性の彫像がいくつも置かれている。


(気味が悪い。こんなものはシゴルヒにでも命じて運び出させよう)


 そして当のアルゴスは下男の立場に落とされていた。

 おそらくは納屋なやにでも寝泊りしているのだろう。気にかける必要もないこと――むしろルルの頭の中は、今後掌握すべき対象のことで一杯だった。


「私を生贄いけにえに差し出そうとした落とし前……いずれはつけさせねばな」


 該当するのはヒンドリーだった。

 これだけの力を見せつけられてなお、ヒンドリーは依然として傲慢な態度を崩そうとしなかった。


 かたや妹のマリリンはといえば、ルルに対して妙にびへつらってくるようになった。ひょっとするとマゾヒスティックな面も持ち合わせているのかもしれない。あるいは強いものには平身低頭するのが彼女の処世術なのか。いずれにせよ、気持ちの悪い兄妹だとルルは感じている。


「で、だ。ヒンドリーよ。約束は覚えているだろうな」

「あ、ああ。覚えているとも。お前を学校に行かせるという話だったな……」


 声は少しばかり上ずっている。ルルが表立って牙をむいてこないのをいいことに屋敷の主人面をし続けているが、それでも彼女を脅威に感じていることは容易に分かった。


「……教会が管理している学院がある。そこへの編入手続きを取らせよう」

「いつからだ? 私は明日にでも行きたいのだが」

「そ、それは無理だ。書類は送ってある。教会の返事が来るまで待つのだ」


 精一杯の虚勢を這って見せるヒンドリーが、ルルにはおかしくて仕方ない。もう少しこいつで遊んでみるのもいいか? そんなよこしまな考えが頭をもたげてくる。


 まぁいいさ、とルル。今はとにかく、自分を生贄に差し出した者が本当にヒンドリーなのか、それを確かめる期間だ。それまでは屋敷での贅沢を存分に楽しませてもらおう。



 ***



 破壊された舞踏戦騎の胴体が無造作に置かれている。

 場所は納屋の中だ。使用人たちによって運搬されたその残骸を背に、アルゴスは一人ひとり歯噛みしていた。


「チクショウ……このオレ様がなぜこんな目に……。あんな小娘に負けるとは、信じられねえ」


 かび臭い納屋に敷かれているのは一枚の筵だった。

 これからこの場所で寝起しなければならない現実を直視すると、さすがの筋肉馬鹿も絶望を感じている。


「兄貴も兄貴だ。すっかり怖気づいちまっている」


 たった一人で呪詛を吐き出し続けるアルゴス。

 よほどショックだったのだろう。針の飛んだ録音盤レコードのごとく、同じ文言を先ほどから繰り返していた。


 そしてあることを思い出す。


「……そういやあのガキ、学院に行くとかぬかしていたな。あそこにはイジチュール家の息のかかった連中も多くいたはずだぜ。そうだ、兄貴にもう一度頼んでみよう。上手く運べば向こうであいつの息の根を止めることもできるはずだぜ。クックック、こりゃいい……」


 そう言って不敵な笑みを浮かべて見せる。

 だが――


「それはできない相談だね」

「誰だ?」


 アルゴスが気づいたときには遅かった。

 納屋の薄暗がりの中から現れたのは人影だった。


「お、お前は……!」


 瞬間、アルゴスに永遠の闇が訪れた。

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