刃血鬼の法

 S県R市N区。市内最北端に位置するこのエリアに、有力な盟団は存在していない。

 というのも、心做という抑止力がいるため、生半可な盟団は行動ができないのだ。

「というわけで、余程のことが無い限り団長は動きません!」

「話が見えてこないんですけど…」

 鬼神府N区支部。何の邪魔もなくここまで来れた赤亡は、盟団のことについて血走と話していた。

「団長が動くと地域が強くなんないんだよ、だーれも動こうとしないから。それこそぶっ壊れ刃術+大量虐殺待ったなしみたいなサイコ野郎が出て来ないとね」

「でも、血走さんが殺しに行っても同じじゃないんですか?生半可な罪競いじゃどのみち…」

「いや、罪競い同士の争いには、基本的に私達は介入しないから。格ってもんがあってね」

 曰く、同格の罪競い同士の争いには干渉せず、異常に格が違う戦闘でのみ罪狩りを遂行する。人間が死んだら即座に、という流れらしい。

「前者は「初心者狩りは酷いから裁くぜ」って言うモラル的な物、後者は「何の能力もない一般人殴ったら駄目だから裁くぜ」っていう至極当たり前のルール。人間に直せば分かりやすいかな」

 理解はしたが、赤亡はその解説に対し引っ掛かる点があった。

「私達…って言いましたよね」

「あー、それ?盟団にも基準があるんだよ。特に定まってるわけじゃないけどね、暗黙のルール的な」

「そうなんですか…って、え?」

「着いたよ。掲示板」

「これ…全部成務票なんですか?」

「そだけど?」

 目を見開き、絶句する赤亡。

「…え?掲示壁の間違いじゃなくて?」

「ははっ、確かに板じゃないよね、もはや」

 それもそのはず。部屋にあったのは、板と言うには似つかわしく無い、おびただしい数の成務票が貼り付けられた壁だったのだ。

「安心してよ。何も特定の成務票を探し出せって言うわけじゃないんだから」

「いや、一応罪狩りって[赤連]以外にもいるんですよね?」

「いるいる。全然いる。それがどうかした?」

「…多く、ないですか?」

 区単位で、しかも抑止力である心做がいるにも関わらず、壁一面を覆い尽くす量。赤亡が疑うのは当然だった。

「まっさかー!かなり、どころか世界級に少ないほうだよ?酷いところだと数部屋使ったりとかね。日本っていくら平和って言っても犯罪がゼロなわけじゃないでしょ?それと一緒だよ」

「数部屋…あれ、そもそも刃血鬼って何人いるんです?」

「んー、詳しくは知らないけど、人間のおおよそ1/5くらいだったかな」

「想像よりもだいぶ多いな…」

 赤亡の予想では、多くとも1000万人を下回っているはずだった。根拠は一つ、伝承の存在である点。不可視であることを鑑みても、宇宙人や幽霊に比べ、目撃証言あまりに少なすぎる。

「多くは刃血鬼同士で戦ってるからねー、会わなくても不思議じゃない…さて、そろそろ成務票を選んでもらわないと」

 脱線した話を元に戻し、成務票を取ることを促す血走。

「選ぶ?」

「そそ。難易度は成務票に書いてあるから、選んだのを震奮の時みたいに突き刺せば完了」

「わかりました」

 説明を受け、数秒の沈黙の後に赤亡は選択した。

「“牙抜封太”、難易度2。これで行きます」

「だいぶ簡単だね。いいよ、初任務ならむしろ適正レベルだし。んー…私も殺りたくなって来た。何かいないかな」

 目の色が変わった血走を見て、赤亡はそそくさと逃げ出した。

(獲物を狙う目だった、仮に敵だったら…考えたくないな)

 嬉々として殺しに来る。そんなパラレルの世界が見えた赤亡だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る