代償

 ―――赤連アジトにて。

「というわけで、今回の任務は達成だな」

「達成…?しました?」

「成務票は大概、厳密なルールを設定して作成される。ただの紙じゃないしな。だがあの成務票は俺が作ったものだ」

「ルールをざっくりに設定したってことですか」

「察しが良いな。ただ、書いてあった報酬10万円は本当だ。口座は…」

「持ってないです。使う機会もないし」

「そうか。なら、その血刃を貸せ」

「あ、はい」

 流されるまま赤亡は、血刃を心做に渡す。

「現ナマで10万を渡す馬鹿はいない。加工の問題でな、この札束は…」

 いつの間にか床に置かれていた札束に、心做は血刃を刺した。

「成務票と同じ製法だ。取り込まれるから何時でも保持しておける」

 赤亡は、心做が刺したせいで、心做に取り込まれるのではないかと少し考えた。

 しかし、光の粒子は成務票と同じ様に、赤亡の紋傷に吸い込まれたため、その心配は杞憂に終わった。

「…で、どうやって出すんですかコレ」

「紋傷から引き抜く。本人の意志に左右されるから、金を出そうとしたら血刃が出た、なんてことは起こらないはずだ」

 親指を立てる心做。

「そうそう、一般人からの視認はオンオフが可能だ。見られたくないなら使え」

 重要な能力を今更言った心做。

「多分お前は知らなかったからな、基本的にはオンになってるはずだ」

「え…?てことはさっきの戦いは…」

「震奮はすでに習得している。つまりあれは、お前が勝手に血を流しながらシャドーボクシングをしていたように見えるだけだ。なに、刃牙だと思えばそんなこと」

「刃牙…?」

 強引に片付ける心做。しかし赤亡は刃牙を読んだこと、どころか刃牙が人名であることすら知らない為、今の話は通じなかった。

「まぁ、なにはともあれ、初任務は無事に達成できたようだな。あと慣れるべき事項は…吸血か」

 ついに、元人間として最も懸念すべき事態が発生した。

 刃血鬼は吸血鬼の亜種。そして、吸血鬼のシンボルといえばそう、吸血だ。

「簡単だ。一般人にナイフを刺すだけだな」

 赤亡は頭を痛めた。普通の倫理観を持ち合わせていれば、まず人にナイフを刺そうなどと考えはしない。

「震奮に思い切り刺していただろう?今更何を躊躇することがある。まぁ、埋め合せでほんの僅かに血を与えれば問題ない。そいつは一般人よりも僅かに強くなる、WIN-WINに持ち込めるんだ」

 なるべくポジティブに考えさせようと語りかける心做だが、赤亡の捉え方は違う。

 彼が震奮との交戦を拒否したがった理由は、「人や物にナイフを刺してはいけない」という至極真っ当なルールをわざわざ破りたくないというエゴによるものだった。震奮をそもそも人間だとは思っておらず、「刺すと相手が痛いから」など微塵も心にはない。彼が恐れているのは「それまでのルール」を破ることであって、刺すことそのものに恐れていたわけではないのである。

 そして、今から彼の行為の被害者となるのは、ただの善良な一般市民だ。刃血鬼ではなく、故に、赤亡の知るルールにしっかりと含まれているのである。

「WIN-WIN…あれ?吸血量次第じゃ見合わなくないですか?」

「吸血しすぎなければいいだけの話だ。輸血量は吸血量の70%ほどで問題ない」

 勝手に戻る、と心做は言う。

「なるべく夜間を狙え。あと絶対に酔っ払いとか、不審者とかからは吸うな、ろくなことにならない」

「何が起きるんですか?」

「別に穢れてるとかではないんだが、さっきも言ったろう?少し常人よりも強化されると。さっき挙げた者が善人よりも強くなるなどあってはならない」

「そんな善人が果たして真夜中に出歩くことはあるんでしょうか」

「ブラック企業につきあわされて満身創痍の社員なんかが狙い目だ。輸血による治療効果もある。血は不味いがな」

「ブラックの社員の血が不味いのは本当にそうだよ」

 今まで口を開かなかった血走が急に喋りだした。

「理想は中肉中世。痩せてたり不健康だったりする奴は大概不味いね。モヤシかデブかなら、デブのほうが味が濃くてまだマシだけど」

「吸血による利点は2つだ」

 心做が、血走による吸血の感想を打ち切り、話しだした。

「1つは刃血鬼としてのレベルアップ。刃術の能力と身体能力が強化される」

 心做は続ける。

「2つ目は食料を得られること。吸血鬼の主食は炭水化物ではなく血だ。他にも食べられない訳では無いが、凄まじく不味い。間違いなく、某人喰い漫画の主人公がサンドイッチを食べた時みたいなリアクションになるはずだ」

「え?」

「日光に続くが、刃血鬼は物を食べられなくなる」

 刃血鬼になることで得た力。便利ではあるが、日は浴びれず、物は食えず。

 望んだ者への代償としては問題ないが、赤亡はそんなことを考えてはいない。彼が刃血鬼になったのも、戦いに巻き込まれるのも、謂わば神の気まぐれである。

 

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