盟団[赤連]

「…なんで僕が」

 赤亡は誘拐されていた。

 今現在、赤亡は椅子に縛り付けられている。

「うーん、確かに言っちゃ悪いけど、私達がやってること拉致と同じだからね」

 赤亡をこの、路地裏の廃校となった塾のような場所に連れてきたジャージ姿の女性、血走が言う。

 赤亡はその奥、彼女ではないもう一人を睨みつけた。

 恐らく教壇だったであろう場所、段差に腰かけている、所々破れたシャツを着ている男性。

「…私か?私は一切関与していない。お前の親友が連絡したのは彼女だ」

「情け無いですねぇ。信用されてないなんて」

「私には移動能力がないからだろうな。信用はされているはずだ」

「…なんで僕は縛られているんですか?」

「ああ、すまない。血刃を持って暴れ出されると困るからな、少し我慢してくれ。ちなみに、怨野からはどれくらい聞いているかな?」

「あんまり。刃血鬼ってのがいることは分かっりましたけど…それ以外がさっぱり」

「あの馬鹿…」

 血走が天を仰ぐ。とはいえ薄暗い室内なので上を向いたところで見えるのは天ではなく、埃と錆にまみれ老朽化した天井だけだが。

「…一度聞くが、奴は本当にお前の親友だよな?」

「そう思ってました」

「…はぁ。だとすれば多少説明位はすべきだろう。あまりにも彼が不憫だ」

「通り魔が通行人を惨殺しまくる現場に遭遇した上、操られて親友に馬乗りで血刃を滅多刺し、しかも自分の知らないことを親友が知ってる、キャパ超えてるよ」

「私から説明させてもらおう…ああ、名乗るのがまだだったな、私は心做 帝こころな みかど。この、盟団[赤連]の長を務めている」

「盟団…?」

「ギルドやグループだとでも思ってくれ。だが、ここからの説明をどうやればいいのか私はわからない。刃血鬼についての説明か?」

「何がわからないかが分からないので何とも。多くを知らないってのは分かりましたけど」

「あー、ゴホン。ならば、まずは刃血鬼という種族からだな」

 心做がわざとらしく咳払いをする。

「怨野が吸血鬼の亜種とか」

「亜種…それもそうだな。刃血鬼は吸血鬼、ヴァンパイアやドラキュラと呼ばれる者達と違い、十字架――」

「吸血鬼の主要な弱点が通用しないと」

「…どこまで知っている?」

 赤亡に、思いの外知識があったことに驚く心做。

「特殊能力があったり、瞬間移動はできなかったりとか」

「瞬間移動はできないな。後、日光を浴びれば普通に死ぬぞ」

 心做がさらっととんでも無いことを言い、赤亡は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をした。

「さっき言ったでしょ?焼け死ぬって。君の刃血鬼化が進行してたんだよ」

「…え?」

 赤亡はみるみる青ざめていく。

「最悪だろうな。まさかあれが最後に浴びた日光になるとは」

「嘘…でしょ?なんで?」

「私達を怨むな。どう考えても怨野が悪い」

「正直、君はあいつを殺しても罰は当たらないと思う。自分の知らないところで勝手に事が進んでて、巻き込まれた。どんな言葉を掛けたらいいか私は分からない」

「同感だ…だが、刃血鬼になってしまった以上、君は身を守る手段を持たねばならない」

「身を守る手段…?」

「刃血鬼には、吸血鬼のような高い身体能力はない…とはいえ、一般人よりは遥かに高いがね。コウモリに変身はできない」

「牙もないしね。ただ、流石にあの馬鹿から聞いてると思うけど、代わりに吸血用のナイフがあるの。血液が残る限り、ある一箇所から無限に生成できる」

「紋傷と言ってな、決して治らない傷が一箇所だけある。一番最初に切られたところが紋傷になるはずだ」

「うーん、君の場合は…その手の甲のやつかな。ああ、ごめん。縛ってるから見えないね。団長、解いていい?」

「問題ないと思うぞ」

「おっけー」

 一瞬の間をおき、縄が切り刻まれた状態で地面に落下した。

「え…今何が」

「ん?切断しただけだよ?」

「見慣れてないのだろう」

「そっかそっか。で、紋傷は…」

 血走は、あまり耳に入っていない様子で紋傷を探す。

「えーと、あった。やっぱそうだよね、手の甲のやつだよね」

「とりあえず一度、そこからナイフを引き抜いてみてくれないか」

「引き抜…え?」

 赤亡は意味がわからず聞き返した。

 怨野に刺したナイフと同じものが出てくるとしても、明らかにサイズが合っていない。そもそも、傷口から武器を引き抜くなどあり得るのか。

「そうそう、初めてやるとめちゃめちゃ痛いよ、それ。ただ、刃血鬼って慣れると指とか腕とか普通に切り落として戦うから、痛みには慣れとかないと」

「血走、伝えるべき時を間違えるな。それは彼にとって恐怖でしか無い」

「えー…と」

「やり方がわからないだろう。手本を見せよう」

 心做はそう言って立ち上がると、髪をたくし上げ、額の傷を見せた。

「これが私の紋傷だ」

 直後、心做は額の傷を開き、ナイフを引き抜いた。

「1000回もやれば慣れる」

「100で慣れるよ」

 心做と血走の会話が噛み合っていない。

「さっき団長がやったふうに、傷口を抉じ開けて――」

「ひっ!嘘でしょ!?やだ待って待って!」

「えいっ♪」

「ゔぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ―――

 響き渡る赤亡の絶叫。腕から急に臓物をひねり出されたようなものだ、なかなか慣れるものではない。

「息が荒いな。やりすぎだ、血走」

「ごめんなさーい。確かに強引だったね」

「死ぬ…死ぬ…」

 痛みに耐えかね、密かに血走を睨みつける赤亡。

「でもナイフ引き抜けたじゃん」

 血走は軽く言うが、実際のところ、引き抜けたというよりも引き抜いてもらった、に近い。

「それは君の血だ。だが鉄分などは関係なく、ただ血を素材としているだけだ。サプリメントを飲んでも鋭利になったりはしない」

 ナイフを指差し心做は言う。

「まま、コンタクトみたいなもんだよ。最初きついだけ。慣れたらなんとも思わなくなるから」

「…どうして僕がこんな目に」

「今さ、刃血鬼同士でめちゃめちゃ抗争してるの。言っちゃ悪いけど君、今最弱クラスだからさ、守れないと冗談抜きで死ぬよ?」

「だったらいっそ!」

「刃血鬼になった場合、どの死に方もろくなものじゃない。知り合いが手首を切り落として日の下に投げたところ、ゆっくりと溶けるように燃えて塵となった。感じるとすれば相当な痛みだろうな」

 諭すように、宥めるように心做が言う。

「私達が君を殺すこともできないよ。そしたら私達が怨野に殺される」

「今のままじゃ怨野には会えないし、復讐も敵わない。多分拒絶されるよ?」

「違うな。もとより怨野は、彼が強くなるまで一切俺は関わらない、と述べていた。どのみち会うことは不可能だろうな」

 赤亡は唇を噛みしめる。

「まぁ…なんだ、強くなるためのサポートはいくらでもやる。このふざけた世界に巻き込まれた君を、私達は決して裏切らない。何があろうと、君を守り抜くことを誓おう。私と彼女でな」

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