「反撃体勢≪バンプアップ≫」




 ————懐かしい声が聞こえる。懐かしい子供の声が。


 泣いているのか、怒っているのか分からない子供の叫び声が。


「——まだ家に家族が残ってるんだ! 助けてくれよ!」

「無理だ、ユーリス……。お前の家族はもう……」


 子供の叫び声と同じか、それ以上に悲痛な声が俺の名前を呼んだ。途端、瞼の裏に夜の暗闇のなかで燃え上がっている村の光景が浮かぶ。


「そんなはずない! 俺の家族は生きてる! 父さんも母さんも……姉ちゃんも! 全員生きてるはずだ!」


 多くの家が燃え尽きて倒壊していくその中の一つ、まだ倒壊までには至っていない二階建ての家の前で、大人に掴みかかる子供の姿。


 ——その姿は間違いなく、俺の子供の頃の姿だ。


「無理だって言ってるだろ⁉ 俺たちじゃ魔物に敵わないんだ——ッ‼ だいたいお前、首の所ケガしてるじゃないか! 人の心配してる場合じゃないだろ‼」

「こんな傷、痛くないんだ! それより家族を助けてよ‼ 大事な家族なんだ‼ お願いだから——ッ‼」

「無理なものは無理なんだ‼ ここに留まってたら俺たちも魔物に襲われて死ぬんだぞ⁉ それでいいのかッ——よく考えろよバカ‼」


 ——思い出した。これはあの日の記憶だ。


 村が魔物に襲われて、家族が死んでいった時の——記憶。

 魔物につけられたと思っていた首の傷は、この時に窓ガラスで切った痕だ。

 俺だけが——父親に窓から外へ放り出されて、助かった。


「……何で、だよ? どうして……?」


 ふいに子供が——小さい俺が泣き出した。


 この後に俺は、燃えて崩れていく家を見ながら魔物に復讐を決めたんだ。


 家族を殺していった魔物を絶対に許さない——と。


「うわあぁぁぁ—————ッ‼」


 だが、子供姿の俺は泣き出すだけだった。

 俺の記憶と違い、復讐を誓うことも逃げることもせず。

 ただ、燃え尽きていく家の前で泣き続けるだけ——。

 そんな子供の俺に声を掛けようと口を動かす。


 ——だが、そこで突然、瞼の裏に映っていた記憶の光景が消えた。



   ◇



 僅かな光も無かった視界に、うっすらと光が差し込んだ。

 眩しさを感じない、弱々しい光。

 ——当然だ。俺は薄暗い地下公道にいたハズなのだから。


 さっきまでの思い出とは違い、はっきりと見える自分の手や足。

 ——そして胸の出血。


 随分と時間が経ったように感じる。

 だが、俺の意識がまだあるということは、そこまで時間は経ってないのだろう。

 現に、公道内の状況は俺が目を閉じた時とそう変わらない。


 視覚を取り戻し、荷車へ標的を定めるリザドラン。それに怯えて身を寄せ合っている技師や生徒の面々。

 その光景がさっきの走馬灯と重なって見え、俺は自分の愚かさを笑った。



 ——どうやら俺がやりたかったのは、魔物に復讐する事でも、騎士団長になることでもなかったらしい。



「……まさか、ガキの自分に教わるなんてな」


 いつの間にか、体を強く打ちつけられた痛みは感じなくなっていた。手を動かすことも、声を出すことも出来る。

 それだけできれば、目の前の魔物を屠るには十分だ。

 立ち上がり、手放していなかった剣を再度握りしめ、魔物に向かって歩いていく。


「——ねぇちょっとアンタ‼ その傷大丈夫なの⁉ ——ていうか、首から出てる紫の光はなに⁉」


 耳をつんざくような金切り声に、人が光るわけないだろ——と心の中で返し、魔物の前に立つ。

 体中の血が流れ出て体が冷たくなるはずだが、無限に発熱しているかのように熱い。

 全身が——特に首の傷が熱く、燃えていく。


「——一度間違えれば十分だ。二度は要らない」


 俺がやりたかったのは——あの日、家族を助けたかっただけだ。


「これで終わりにしてやる」


 言い切り、リザドランの首に目掛けて剣を振った。


 幾重にも攻撃を当て続けた首の鱗はついに限界を迎え、そのひと振りで硝子が砕けるように叩き割れた。

 だが、限界を迎えているのは俺の剣も同じ。

 鱗を叩き割ったのと同時に刀身の中ほどから真っ二つに折れ、俺の手は空を切る。


 ——これじゃダメだ。鱗を失っただけじゃ、まだ——。


 致命傷に至らなかったその攻撃を、引き延ばされた時間の中で呆然と見続けていた時。

 

 紫に光る剣閃が、振られた剣の軌道に一瞬だけ残留し、弧を描いた斬撃となって魔物の首をはねた。

 紫黒の斬撃は、割れた方とは反対の鱗でさえも容易く斬りとばし霧散した。


 その斬撃に首を斬り飛ばされた魔物は、絶叫することも許されず、身体は地に倒れ伏す。 


 ——完全に息絶えただろう。首を失っても生命を維持できる魔物はいない。


 その事実に遅まきながらも気づいた者たちが歓声を上げる中で——、




 俺の意識は完全に途絶え、鈍い音と共に倒れ込んだ。

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