その程度




「油断してた——クソッ」


 魔物が咆哮を上げてすぐ、脇に立てかけておいた剣を持って戦闘態勢に入った。


「リザドランが……なんで出てくるわけ……ッ⁉」


 一応——まだ理性が残っているのか、ラビは意味の通じる言葉を発した。

 だが、座り込んだまま一歩も動けていない。言葉を発したことでリザドランの意識がラビに向き、蛇に睨まれたカエル状態で震えているだけだ。


「いつまで座ってんだよ! そのままだと死ぬぞ⁉」

「無理よ! 私たちでどうにかできる魔物じゃない‼」


 座ったまま、視線はリザドランから離さず言ったラビの言葉は尤もだ。


 リザドランは四足歩行の魔物だ。身近な生き物で例えるとトカゲによく似ている。

 外見的な違いは、リザドランの方がかなり刺々しい——というか、実際に鱗が変形してできた棘が体の背中に生えているということくらいだ。


 ——勿論、サイズがかなり大きくなっているのは言うまでもないが。


 それだけであれば、ただのデカくなったトカゲであり戦えなくはないのだが、リザドランには厄介な点がある。

 それが鱗だ。リザドランは鉱石を好み、大量の鉱石を摂取する。そうして摂取された大量の鉱石はリザドランの体内で溶かされ、混ざり合い、体の一部となる。

 ——そう、鱗として。

 そうして生成された鱗は異様な硬度を持ち、並の剣では傷一つ付けることは出来ない。

 要するに、鉄壁という訳だ。

 そんなヤツに傷を負わせる場合、鱗に覆われていない目か口内を狙うしかないのだが、それもあまり現実的じゃない。


「やばい、まさか——ブレスを吐く気じゃ……⁉」

「チッ——!」


 それまでラビの方を向いていたリザドランが突如、腹を収縮させ口を開けた。


 ——これが、口内を狙うのが現実的じゃない理由だ。


 リザドランは体内で溶かした鉱物をブレスとして吐く時以外、口を開けることはない。


 おまけに、鉱物を好む生態のせいで剣を食われることもある。迂闊に口の中を攻撃しようとすれば、焼死体になるか武器を失うかのどちらかだ。


「——吐かせるか!」


 だから俺は、あえて顎に剣を振り、その衝撃でリザドランの口を無理矢理閉じさせた。

 そうすることで、ブレスを吐くという行為は止めさせることが出来る。——特にダメージを与えられるわけでは無いが。


「この狭い空間でブレスなんか吐かれたら一貫の終わりだな。——おい、クルト。お前の聖剣なら鱗も斬れるんだろ? 俺がブレスを防ぐからお前は攻撃を————」


 そこまで言って、俺は妙な胸騒ぎを感じて口を閉じた。

 リザドランを挟んで向かい側にいるはずのクルトの存在が、感じられない——。


 死んだ——? いや、あり得ないだろう。


 今の今までリザドランはラビを標的にしていて、クルトを狙っていなかった。


「————逃げた、のか?」


 頭が空になった中、呼吸をするように出たひと言。それを自分で否定する。

 今この場にいる一番実力がある奴はアイツなんだぞ?

 聖剣を持っているヤツが何で逃げなきゃいけないんだよ——。

 

 ——だが。


 ブレスを無理矢理中断させられたリザドランが、怒りの咆哮を上げて俺に首を向ける。

 

 そうしてわずかに見えた向こう側の景色に小さく、走るクルトの後ろ姿があった。


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