訳アリ




 どんどん高くなっていく光の熱に耐えきれず、子供を地面に下ろそうとした。



 —— その時だった。

 シラの手から放たれる緑色の光が一瞬、白く見えるほど強く光って霧散した。

 その強すぎる光に思わず目をそらし、再び腕に抱えた子供を見て俺は驚愕した。


 さっきまで顔がよく見えない程全身血まみれで、体中に無数の切り傷がついていたのが嘘のように、血の跡は消えて傷一つ見当たらない。


「—— お疲れさま、もうベンチに下ろしてもだいじょうぶだよ。ありがとね」


 驚きで固まったままの俺にシラがそう言ったことで、やっと俺の思考が出来事に追いついた。そうして思考が再び回り始めたことで数々の疑問が浮かび上がる。


「———— なぁ、アンタ本当に何者なん…… 」


 その浮かび上がった疑問を解消するべくシラに聞こうとして躊躇った。

 たった一回の魔法で相当な体力を使ったのか、ベンチへ倒れこむように座っている。傷が治ったからか、シラの隣でリズムよく寝息を立てている子供とは正反対だ。


「—— ん、なんか言った? よく聞こえなかったからもう一回言って?」

「…… あぁ。アンタが何———— いや、やっぱりいい」


 相当疲れているだろう相手にする質問じゃない—— そう思って口を閉じる。それに、よく考えればこのシラという女が何者であろうと俺には関係ない。


「俺は寮に戻る。—— 疲れてるのは分かるがこんなところで寝るなよ。事件に巻き込まれても俺は知らないからな」

「えー、守ってくれないの? 騎士目指してるのに」

「俺は騎士を目指してないって言っただろ。魔物に復讐するだけだ。だから、アンタのことを守るつもりも無い」

「まぁまぁ、そんなこと言わずにさー。あ、さっき私に何か聞こうとしてたよね?それ、答えてあげるよ!」

「…… 必要ない」


 手短に返して話を終わらせようとしたがシラはしつこく食い下がってくる。

 その態度に、なぜこの女はここまでウザいのか—— そんなことを考えてまた疑問が出来てしまった。

 俺が必要ないと言っているんだから、それで終わりでいいだろうに。


「ちゃんと答えてあげるから、ほんとに! …… 聞きたいことあったんでしょ? なんでも聞いてよ。どんなことでも教えてあげるから。例えば—— 私のスリーサイズとか?」

「———— 俺をコケにして、何か楽しいか?」


 無視して寮に戻ればいい。ただそれだけの事。


 —— だが、シラの煽りにまんまと反応してしまった。

 一緒にしてもらっては困るのだ。スリーサイズを聞いた程度で、狂喜乱舞して鼻の下を伸ばす馬鹿な奴らと俺は全然違う。


「これだけは言っとくぞ。俺は、アンタに微塵の興味もない」

「—— じゃあ気にならないの? 私が何でここまできみに突っかかるか」

「チッ—— 、それは言え。それくらいしかアンタのことで気になることはない」

「ふーん、つまりそれを言ったらきみは私から離れちゃうわけね? …… じゃあ、ぜったい言わない」

「—— 舐めやがって。別に知ろうが知らなかろうが俺に支障は出ないんだよ。アンタが話すなら聞いてやる、それだけだ」


 俺がそう言うと、シラは勝ち誇ったような笑みを浮かべて俺に近寄ってきた。


 そして、耳元で一言。


「なら…… 言わせてみてよ。私の秘密」


 どこまでも俺を馬鹿にしているような態度。

 まるで俺にそれが出来ないとでも言われているような気分だ、冗談じゃない。

 人と会話することくらい出来るに決まっている。


「—— 上等だ。先に言っておくが、俺に出来るわけがないと思ってるなら見通しが甘すぎるぞ。今まで関わった奴の秘密は大体握っているからな。一分と経たずに言わせてやるよ」


 日が沈み始めて、空が赤みを帯び始めた頃。

 俺を舐め切っているこの面倒くさい女に、時間を掛けず秘密を吐かせる方法——。


 それを実行するべく、持っていた剣を引き抜き、ベンチに座っているシラへとその切っ先を向けた。


「アンタの秘密を今すぐ話すか、このまま剣で刺されて死ぬか。—— 好きな方を選べ」

「ぇ…… あの…… 。し、死ぬか—— って。本気だったり…… しちゃう…… ?」

「アンタの態度次第だな」


 もちろん殺すつもりは無いが、それらしく見えるように口角を上げる。


 俺のその表情ににシラが短く悲鳴を上げて、秘密とやらを話し始めるのに、そう時間はかからなかった。

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