回復魔法




 ゴブリンは雑食で、割と何でも食う生態だが人間は何故か食われない。

 小型で食べる身の部分がほとんどないワイバーンなんかですら食べることがあるというのに、だ。

 だが、それは人間がゴブリンに襲われないということにはならない。人間の使う道具はゴブリンにとって非常に価値があるものになる。

 故にゴブリンに殺された奴らは、身に着けていた装備なんかを全てはがされて、薄着のまま放置されることになる。もし仮に襲われたのが女だった場合、そのまま半殺しで生かされ続けるという違いはあるが基本は同じ。


 この子供もそうやってゴブリンに殺されたのだろう—— と思ったのだが、この血まみれの状態でゴブリンから逃げることなんて不可能だ。


 そうなると、この公園の付近で襲撃されたことになるのだが—— 。


「—— ねぇ、ちょっと手伝って。今からリタを助けるから」


 さっきまでぶつぶつ言っていただけだったシラが、抱きかかえていた子供を俺に押し付けてきた。


「アンタ、今助けるって言ったか? 無理に決まってるだろ。今は辛うじて息があるだけだぞ。あと十秒もしないうちにその息すら止まるってのに、どうやって—— 」

「私なら助けられる。まだ死んでないなら大丈夫だから」


 俺が言い終わる前に言い切られて何も言えなくなった。数分前までは能動的に生きている、頭の中身が半分程度しかないような言動ばかりだったが、今回は違う。

 俺の反論を封じるくらいには圧のある言い方だった。


「それと、今から見ることは絶対誰にも言わないで。いい?」

「あ、あぁ…… 」


 言われるがまま頷き、子供を受け取った。

 先程までは別人かと思えるほどに迫力がある。何というか、さっきまでは浮ついた喋り方だったのに対し、今は刺さるように鋭い喋り方だ。

 そんな、突然人が変わったような態度に戸惑う俺を余所にシラは目を閉じて深呼吸している。

 ——すると、暫くしないうちにシラの周囲が緑色に光り始めた。


「なっ—— ⁉」

「—— 声出さないで。集中できなくなるでしょ」


 その光景に驚き思わず声を出してしまいシラに注意された。だが、これを見て驚くなと言うのは無理があるというものだ。

 なにしろ、今まで一度も見たことが無いのだから。


 —— 魔法という人知を超えた力を。


 本来、普通の人間が魔法を使うことは絶対に出来ない。使用できるのは一部の限られた人間だけ。それが聖剣の使い手という訳だ。

 とはいえ、聖剣の使い手も自分で魔法を使っているわけでは無い。あくまで聖剣に宿っている聖霊が使っているのであり、使い手は魔法のマナを代わりに支払っているに過ぎない。

 使い手は魔法を使用するためのマナは持っているが、それを使って魔法を使うのは聖霊が行っている—— ということになる。

 だから、使い手は自分の持っている聖剣に宿っている聖霊の力以外の魔法を使うことが出来ない。つまり、クルトはあのちっぽけな聖霊の力である水魔法しか使えないということだ。

 —— だが、何事にも例外というものはある。


「———— それ…… 回復魔法、か?」


 俺の問いかけに答えることなくシラは瞑想を続ける—— と、徐々にシラの周りの緑色の光が明るさを増していく。

 魔法という、聖剣に選ばれた者にしか扱えない人知を超えた力の例外。それが今まさに、目の前で起こっているわけだ。


 回復魔法—— その異質さは他の魔法と一線を画す。


 聖剣使いは聖剣に宿った聖霊の力しか使えない。

 そして、回復能力を持った聖霊は限られている。つまり、聖剣の使い手だからと言って回復魔法が使える訳じゃない。

 だが、そんな希少性の塊である回復魔法を、聖霊の補助無しで使用することが出来る人間が稀に存在する。それが今、目の前にいるのだが。


「———— いくよ」


 そう言うと、シラが瞑っていた眼を開いて俺が抱えている子供に触れた。瞬間、シラの周囲にあった緑色の光が子どもを包み込む。だが、子供の傷が塞がる様子はない。


「…… おい、触れただけで本当に治るのか? 治ってる気配がないぞ」


 若干、肌に血色が戻ったように見えるだけで、それ以外の変化がない。そればかりか、子供が緑色の光で熱せられているだけだ。


「———— 本当に大丈夫なんだろうな?」


 これ以上熱したら、傷が治っても焼死するだろ—— と思えるほどに子供の体温が高くなっていく。

 持っている俺の手も爛れているかもしれないと思わせるほどに高温で、子供を落と

 していないのが不思議なくらいだ。

 分かりやすく言うのであれば、ドロドロに溶けている鉄を素手で持っているような感覚。そんなことをすれば間違いなく腕が焼け落ちる。


 それほど高温になっているというのに、シラは触れた手から光を放つのを止めない。


「くそッ—— あとどれくらい持ってりゃいいんだよ!」


 ——そんな、どんどん上がり続けていく熱に、流石に耐えきれなくなって子供を地面に置こうとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る