第41話 膨らむ妄想

「お疲れ様でしたー」


 公式配信の撮影を無事に終えて、私は通話アプリから離脱した。

 私は配信用のアプリを閉じて、ふぅっと脱力する。


「あー疲れたぁ……」


 私は天井を見上げながら身体を背もたれに預けて息を吐く。

 部屋にある目覚まし時計の時刻を見れば、夜の九時を回ったところ。

 電話がかかって来てから二時間ほどは経過しただろうか。


「今日は配信休もう」


 朝から色々とあり過ぎたせいでドタバタした一日だったこともあり、心の整理が追い付いていない。

 正直配信をする気力は残っていなかった。

 私は、そのままペタンとベッドに倒れ込んでしまう。

 ボフっと空気が舞い上がり、スンスンと匂いを嗅げば、微かに斗真君の残り香が漂っていた。


「ヤバイ。私はなんてことを……」


 雰囲気にうなされていたとはいえ、リビングではなく自身の部屋に斗真君を誘い込んでしまった。

 何でかは自分でも分からない。

 気付いたらそうしていたのだから。

 斗真君も緊張した様子でおろおろとしていて、そんな姿がまた可愛くて、お揃いのマグカップを手に持ちながら付き合い始めて最初のツーショット写真を取ったりしたわけだけど……。


「!?⁉」


 その後起こった出来事を思い返してしまい、私の顔は火傷したように熱くなってしまう。

 私なんてことをしようとしていたの⁉

 斗真君と距離が近くなってしまい、すぐに離れればよかったものを、私は何を血迷ったのかすべてを委ねるようにして目を瞑り、唇を重ねようとしたのだから。

 正直、もしあそこでマネージャーから電話がかかって来て居なかったら、キスより先まで進んでいたかもしれない。

 そんなことを考えてしまい、私は枕に顔を埋めながら足をバタバタとさせてしまう。


「私何やってるのぉぉぉぉ!?」


 部屋に連れ込でスキンシップも積極的だった上に、挙句の果てにはキスしようとしていた始末。

 まるで、斗真君とそういうことを早くシたいと思っているみたいじゃない!


「いや、確かにちょっぴりそういう気持ちもあるけど……ってそうじゃなくて!」


 流石に付き合い始めて一日も経たないうちにキスはないでしょ!

 しかも、それ以上のことまでしようとしていたことを考えると、あの時の雰囲気に呑まれていた自分が恐ろしい。


 マネージャーから電話がかかって来て本当に良かったと思う。


 ピコン。


 とそこで、私のスマホの通知音が鳴り響く。

 見れば、亜紀からのメッセージが届いていて――


『やっほー美月! デート楽しかったかい? もしかして今頃、二人でホテルに居たりして!? まっ、そうなったらそうなったで、今度感想聞かせてねー!』

「行くわけないでしょ!」


 亜紀からのメッセージに、思わず一人で突っ込んでしまう。

 まだ高校生なんだから、ホテルなんて行くわけが……。

 とそこで、考えているホテルがそっち系のホテルだということに気付いてしまい、私は顔が再び着火してしまう。


 亜紀は私をからかっているのだろう。

 きっと今頃、画面を見ながらほくそ笑んでいる姿が容易に浮かぶ。


「全くもう……」


 私は脱力するようにしてうつ伏せから仰向けに体制を変える。

 まあ、そういう行為に及びかけていたことは否定できないので、亜紀の返事は『楽しかったよ、服選んでくれてありがとね』と無難に返しておく。


『オフショルダのトップスはどうだった? 斗真君グっと来てた?』

『他の人の視線が気になるからってカーディガン買ってくれた』

『それってもしかして、【俺の男以外だけには安易に肌を曝け出すな!】っていう独占欲って奴―? キャーッ! 美月めっちゃ愛されてるねぇ!』


 亜紀は一人興奮した様子だったが、テンションが違い過ぎてついていけなかったので、既読を付けてから返信を返さず放置することにした。


 まっ、付き合い始めたのは今日なんだけどね。

 でもこれで、胸を張って斗真君と付き合っていると嘘偽りなく言うことが出来る。

 それだけでも、少し心は軽くなるだろう。

 堂々と斗真君と一緒に居れるのだから。


 私は天井を見つめながら、これからの学校生活に思いを馳せる。

 一通り妄想し終えたところで、ふと意識が部屋の中へと移ると、無音の部屋で一人ベッドに寝そべっている虚しさを感じてしまう。


「もしここで寂しいって言ったら、斗真君は来てくれるのかな?」


 つい、そんな独り言を零しながら、彼の部屋の方を見つめてしまう。

 彼氏になった斗真君。

 お互いの生活があるとはいえ、隣同士なんだから、会おうと思えばいつでも会えるのだ。

 これってもしかして……。


「呼び放題って事!?」


 連絡したら10秒で駆けつけてくれる彼氏。

 なにそれめっちゃヤバいんですけど……!

 何かあればすぐに駆け付けてくれる斗真君。

 それだけで私の心は浮かれてしまう。

 私が夜遅くに帰って来ると――


『おかえり、今日もお仕事お疲れ様。ご飯とお風呂、どっち先にする?』


 そう言って、家の中で夕食の準備をしながら返りを待ってくれている斗真君。


『行ってらっしゃい。今日も頑張ってね』


 玄関で私が仕事に出かけるのを見送ってくれる斗真君。


『おはよう美月。今日も可愛いね』


 朝目覚めると、一緒のベッドで添い寝してくれている斗真君が、私の頭を撫でながら朝のキスをしてくれる毎日――

 色んな妄想が膨らんできてしまい、私はベッドの上をゴロゴロと転がりまわってしまう。


 ガンッ。


 壁に思い切り激突してしまい、私のローリングは止まる。

 痛みなど全然気にならず、私の羞恥は最高潮に達してしまっていた。


「ヤバイ、私生きてていいのかな?」


 それぐらい、私は斗真君と付き合い始めたことに浮かれていた。

 頭がポワポワしてきてしまい、何だか地に足が付いていない感じである。


 ピコン。


 とそこで、再び私のスマホに通知を知らせる音が鳴り響く。

 亜紀がまた何かちょっかいを掛けてきたのだろうか?

 そんなことを思いつつ、私がスマホを確認すると――


「えぇ⁉」


 その通知を目にして、私はベッドから飛び起きてしまった。

 通知を押して、詳細を確認する。


「嘘……!?」


 驚くのも無理はない。

 何故なら、私のVtuber活動において、今後に影響を及ぼすであろう一大事であったから……。

 その内容とは――

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