第30話 3Dライブ

 私は3D配信用の衣装に着替え、控室でゆっくりと深呼吸をして本番に向けて集中力を高めていた。


「桜木モモさん。本番です」

「はい!」


 スタッフの人に声を掛けられ、私は控室から3Dライブが行われるスタジオへと向かっていく。

 スタジオに入ると、多くのスタッフがせわしなく動き回って3Dライブに向けての準備を進めていた。

 これだけ多くの人たちが私のライブを成功させようと必死に頑張ってくれている。

 絶対に成功させなければというプレッシャーが私を襲う。

 けれど大丈夫。

 私には、支えてくれるたくさんのファンがいて、私の3Dライブを今か今かと楽しみに待ってくれている。

 大丈夫、練習は沢山してきた。

 だからこそ、私が今全力で出来るパフォーマンスをみんなに見せる。


「本番行きます、5秒前、4……3……2……」


 そして何より、私のことを支えてくれる彼に私の雄姿を届けるために、このライブを絶対に成功させる。

 私の中で覚悟が決まった途端、胸の中に仕えていたものが全て消え去り、私はVtuber『桜木モモ』として、全力でパフォーマンスすることだけを考えた。



 ◇◇◇



 迎えた、モモちゃんの3Dライブ当日。

 時刻は十九時五十五分。

 既に配信サイトの待機画面には、多くのモモナーのみんなや『フラッシュライフ』を推しているファンで溢れかえっていた。

 まだ始まってもいないのに、同時視聴者数は既に五万人を超えている。


 ――ワクワク

 ――ヤベェ、こっちまで緊張してきた

 ――よし、間に合ったぞ!

 ――モモちゃんの晴れ舞台、みんな全力で応援しよう


 コメント欄はいつもの配信よりも倍以上あるだろうか。

 それぐらい、モモちゃんの3Dライブに対する期待感が窺えた。

 俺もコメント欄のモモナー達と一緒で、先ほどからソワソワしてしまって落ち着かない。

 ソファから立ち上がっては辺りをウロチョロウロチョロ。

 座っても身体を動かしてないと気が済まず、貧乏ゆすりをしてしまったりと、気持ちが全然休まらない。


 そんなことをしていると、ついに時刻が二十時を迎える。

 待機画面が切り替わり、サムネイルの画像から黒背景の画面へと移り変わった。

 真っ暗の画面がスライドして、カメラが上から下へと降りていくと、モモちゃんと思しきシルエットが出てくる。

 刹那、一気に光が照らされると、3D姿のライブ衣装を身に付けたモモちゃんがお披露目された。

 白を基調としたフリル生地のライブ衣装。

 モモちゃんのイメージカラーである桃色があしらわれたライブ衣装は、とても今の雰囲気とマッチしていて画面映えしている。

 モモちゃんがきりっとした表情を浮かべたままトントントンと足で三回韻を踏むと、某有名曲のイントロが流れ始めた。

 モモちゃんはそのイントロに合わせてステップを踏みながら、気迫あるパフォーマンスを見せている。


 ――うぉぉぉーー!!

 ――きちゃぁぁぁぁぁぁ!!

 ――モモちゃん可愛いぃぃーー!

 ――大好きだぁぁーー!!!


 モモナーのテンションも絶頂を迎える。

 コメント欄が手の拍手の絵文字と桃色のサイリウム一色に染まっていく。

 そして、マイクスタンドの前に立つと、モモちゃんは某有名曲を歌い始めた。

 配信の歌枠と違い、カメラワークやステージの演出なども相まって、モモちゃんの歌声が大迫力となって伝わってくる。


 ――はい、はい、はいはいはい!!

 ――はいはいはいはい!

 ――最高過ぎる ¥50000


 モモちゃんの迫力あるキレのあるステップと曲調も相まって、まさに彼女の独壇場のステージと化している。

 まさにその姿は――


「アイドルだ……」


 俺は思わず、そんな独り言を零してしまうほどに、モモちゃんはステージ上で輝いていた。

 モモちゃんに魅了されてここまで応援して来て本当に良かったと、心の奥底から思えて、気づけば目の奥が熱くなっている。


 曲がサビに入った。

 ワンテンポさらに曲調が上がり、モモちゃんのパフォーマンスも熱を帯びていく。

 そんなステージで輝くモモちゃんの姿を、俺は目から溜まった雫を垂らしながら視聴していた。


 自然と涙がこぼれてしまったのだから仕方がない。

 それほどまで、モモちゃんのライブは、俺に夢と感動を与えてくれているのだから。

 一曲目を歌い終え、モモちゃんが今日初めて満面の笑みを浮かべてた。


【こんモモー! みんなー! 見てるー?】


 画面上にファンに向かって手を振るモモちゃん。


 ――見てるよー!

 ――モモちゃん最高!

 ――3Dライブおめでとう ¥50000


【みんな、コメントありがとー! スパチャもありがとうございます!】


 モモちゃんは恐縮そうにぺこぺことお辞儀をしてから、再びマイクを手に取り話し始める。


【えーっ。デビュー一周年。ようやくこうして3Dライブを行うことが叶いました! これも、普段から支えてくれているモモナーがいるからこそ達成することが出来たと言っても過言ではありません。本当にモモナーのみんな、いつもありがとう! そしていつも『フラッシュライフ』を応援してくれているファンのみんなも、今日は最高のパフォーマンスをお見せするので、楽しみにしていってくださいねー!】


 ――イェーイ!

 ――Foooooo!!

 ――盛り上がっていきましょ-!

 ――あれ、おかしい。視界が歪んで画面が見れない……


【と言うことで、次からは『フラッシュライフ』のメンバーをゲストとしてお呼びして、メドレーをお送りしたいと思います! お楽しみにー!】


 こうして、モモちゃんのソロパフォーマンスから始まった3Dライブは、第二部へと移っていく。

 ここからは、『フラッシュライフ』の先輩をお呼びしてのデュエットステージパフォーマンスになる。

『フラッシュライフ』のメンバーと一緒に曲を歌いながらダンスを披露するモモちゃんは、まさにアイドルとして輝いていた。

 モモちゃんらしいテンポのいい歌もあれば、しっとりとしたバラード曲もあり、緩急の差がえげつない。

 感情があっちへこっちへ突き動かされて感動している間にも、楽しい時間というのはあっという間に過ぎていき、3Dライブも残り十分となってしまった。


【えー今回! ライブ一周年を記念して、限定グッズが発売されまーす! イェーイ! 受注生産で、本日この後二十一時十分から予約受付開始ですので、皆さん良かったら是非ご購入いただければと思います!】


 ちゃっかり自分のグッズ宣伝も忘れない。

 まあグッズ販売がVtuberビジネスの収益源であることは間違いないもんな。

 ライブが終わったらすぐ特典グッズ購入しないと……!

 早速販売ページへ進もうとしたところで、モモちゃんが再び話し始める。


【というわけで、次が最後の曲になります。この曲は、この3Dライブのためにずっとモモが叶えたかったこと! 今ここで、皆さんに届けできることが出来て嬉しくもあり、気に入って貰えるかどうか緊張もしています。それでは聞いてください。桜木モモオリジナル曲『モモの花吹雪』】


 こうして、最後のセトリは、何とモモちゃんからのサプライズでオリジナル楽曲がうたわれた。

 モモの花吹雪。

 まさに、モモちゃんの激動の一年を表現するような歌詞や曲調で、桜木モモとしての活動全てを現しているようだった。


「ヤバイ、また泣けてきた」


 気づけば、俺はまた涙を流してしまっていた。

 この涙には、感動だけではなく、桜木モモとして活動してきた寺花さんの努力が報われたという気持ちも混ざっているように感じられる。

 こうして、桜木モモ活動一周年記念3Dライブは大成功を収めて、無事幕を閉じるのであった。

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