第20話 独り占め

 翌朝、俺はどんよりとした気持ちで玄関の扉を開いた。


「あっ、おはよー安野君!」


 扉を開けると、そこには制服姿の寺花さんが待ち構えていた。

 流石は学校の『アイドル』朝から元気いっぱいで、眩しすぎる笑顔をこちらに向けてきている。


「おはよう寺花さん。奇遇だね」

「ううん。安野君が出てくるの待ってたんだよ」

「えっ、どうして?」

「だって、安野君の怪我が悪化したら大変でしょ? 私が見守ってないと」

「いやいや、いくら何でもそれはやり過ぎだから」

「分からないでしょ? 階段で転びかけて、怪我してる手をついて余計に症状が悪くなっちゃうかもしれないし」

「寺花さんは過保護すぎ。万が一そんなことが仮に起こったとしても一大事にはならないから」


 そう言って、俺はモモちゃんのキーホルダーが付いた玄関の鍵で施錠してから、そそくさと歩き出してしまう。


「あっ、待ってよー!」


 寺花さんがすぐさま俺の後ろを追うようにしてついてくる。

 昨日ドッチボールで寺花さんを庇った時に手首をくじいてしまったのだ。

 恐らく、寺花さんは自分のせいで俺が怪我をしてしまったと責任感を感じているらしく、怪我をしてから家にご飯を作りに来たり、食べさせてくれたりといたせり尽くせり状態。

 恐らく、俺の怪我が完全に治るまで、寺花さんの過保護状態は続く。

 ってなると、今週は毎日一緒に登校することになるんだろうな。

 また男子生徒からの嫉妬めいた視線が突き刺さる事を覚悟しておかねば……!


 ただまあ、それは百歩譲っていいとしよう。

 問題は別、昨日のモモちゃんの配信のことである。

 俺は寺花さんにどうしても聞いておかなければならないことがあった。


「寺花さん、昨日のアレはどうするつもりなワケ?」

「アレってどれのこと?」

「配信で学生だってカミングアウトしたこと」


 そう、昨日のマルクラ配信で、モモちゃんが現役の学生であることをサラッとカミングアウトしてしまったのである。

 その影響で、SNSのトレンドに『現役JK』が入ってしまう始末。

 さらに関連ワード『Tさん』までホットワードになっていて、界隈がプチ炎上しかけたのである。


「平気だよ。別に顔バレしたわけじゃないんだから」

「いやいや、世の中にはモモナーのみんなみたいに優しい人だけじゃなくて、悪いことを企んでる危ない人も沢山いるんだよ。学校とか特定されたらどうするつもりなの⁉」

「それは大丈夫だって。ほら私、リアルと配信で声替えてるし」

「この情報化社会、どこに情報を漏らす人が潜んでるか分からないんだよ? もう少しリテラシーを持っといたほうがいいんじゃない?」

「だって……安野君の話をみんなにもしたかったんだからしょうがないじゃん」


 俺がお𠮟りの言葉を受けた寺花さんは、ちょっぴり拗ねた様子で唇を尖らせながらそんなことを嘆いた。


「いやいやいや、なんで俺のことを話す必要があったワケ?」

「みんなにも、安野君が私にとって大切な人だってことを知って欲しかったんだもん」

「……っ」


 そんな風に言われてしまったら、嬉しくて強く言い返せなくなっちゃったじゃないか……。

 俺は一つ大きくため息を吐いてから、言葉を選びながら口を開く。


「寺花さんの言い分は分かったよ。まあ俺としては、寺花さんが男と出来てるみたいな変な噂が広まらないかが心配なだけだから。自分が学生である話とTさんの話題は、今度ほどほどにしてくれ」

「もちろん! それに私は、Tさんのことを大切な友達って言っただけで、性別については言及してないもん!」

「それはそうだけど……」


 いつかバレる時が来るのではないか。

 俺はどうしてもそんな不安が頭をよぎってしまう。


「まっ、寺花さんの好きにしたらいいよ」


 ここで俺がモモちゃんの配信内容についてとやかく言ってしまったら、それこそ周りの人達みたいに、理想像を押し付けてしまうことになる。

 注意喚起ぐらいはするけど、最終的に決めるのはモモちゃんであり、彼女が決める事なので、これ以上は言及しないことにした。


「うん、ありがと! 安野君!」


 そんな嬉しそうな笑みでお礼を言われてしまったら、もう俺として言えることは何もなかった。


「あっ、あと! 今日の【重大発表】楽しみにしててね」


 付け加えるようにして、【重大発表】のことについて触れてくる寺花さん。


「ちなみに、今聞いたら?」

「教えないよー! みんなにサプライズだもん」

「ですよね」


 いくら大切な存在だったとしても、そこは教えてくれないみたいだ。

 出来心で抜け駆けしようとした自分が恥ずかしい。

 それに、俺がモモちゃんのファンであることに変わりはないので、モモナーのみんなと同じタイミングで知った方が嬉しい気持ちも倍増するだろう。


「まあでも、そこまで言われちゃったら、期待が膨らんじゃうなぁー。大丈夫なワケ?」

「もちろん! 期待してもらって構わないよ!」


 そこまで自信たっぷりに言われてしまうと、相当な【重大発表】なんだなと思えてきてしまう。


「あっ、ちなみに引退とかじゃないからそこは安心してね」

「分かってるよ。引退だったら俺が死ぬ」

「あははっ、大げさなんだから」


 モモちゃんの配信がない日常なんて、俺のアイデンティティが消失されるのと同然。

 引退するなんて考えたこともないし考えたくもない。


「でも安野君はそれでいいの?」

「何が?」


 寺花さんがちらちらと周りを見渡してから、俺の耳元へと顔を近づけてきて――


「だって私が引退したら。安野君が私を独り占めできるんだよ?」

「なっ……」


 寺花さんの斜め上を行く発言に、俺は度肝を抜いてしまう。

 まさか、そんな発想を本人の口から言われるなんて……。


「俺は……配信画面から眺めてるだけでいいから」


 俺が照れながら言うと、寺花さんは含みのある笑みで「ふぅーん、そっか」と曖昧に呟いた。

 独り占めできるって言ったって、まずは寺花さんとお付き合いしないと意味がない。

 寺花さんは俺のことを信頼してくれて入るだろうけど、恋愛感情がそこにあるとはお思えなかった。

 でも、仮に俺が寺花さんと付き合うことがあったら……。

 モモちゃんを独り占めできるのか……⁉

 いかんいかん。

 何を考えてるんだ俺は。

 モモちゃんはみんなの『アイドル』なんだから、独り占めしようなんてそんな考えは捨てるんだ!


 その後も、寺花さんに言われた言葉を何度も頭の中で考えてしまい、何度も煩悩を振り払っては浮かんできてを繰り返す羽目になった。



 ◇◇◇



 学校へ登校すると、寺花さんはすぐさま机に鞄を置き、クラスメイト達の輪の中へと入って行った。

 相変わらず学校では、みんなの『アイドル』というイメージを崩すことはない。

 その姿勢は、尊敬に値する。

 寺花さんから、周りからの期待に対しての応え方みたいなものを学んだような気がした。

 そんな感心をしつつ、ふと視線を右へと向ける。

 いつもスマホをポチポチと弄っている幼馴染の姿はない。


「あれっ、まだ来てないのかな?」


 そんなことを思いつつ、有紗が来るのを待っていたが、HR開始のチャイムが鳴っても、彼女は姿を現さなかった。


「松島さんお休み?」

「みたいだね。まあよくあることだから、あんまり気にしない方がいいよ」


 寺花さんが心配そうにしていたものの、有紗はこうして何の前触れもなく時々学校を休むことが時々あるのだ。

 これも、俺にとっては日常的なことなので、あまり気にしてはいない。

 明日には何事もなかったように登校して、机でスマホをポチポチ操作しているのだから。

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