第15話 手当て

「失礼します」


 寺花さんに連れられてやってきたのは保健室。

 コンコンとノックをしてからスライド式の扉を開くと、寺花さんは躊躇することなく入室した。

 しかし、保健室に擁護教員の姿は見受けらず、室内は閑散としている。


 この前、寺花さんが体調を崩して連れてきた時もいなかったっけ。

 果たして、この学校の養護教員はちゃんと仕事をしているのだろうか?


「しょうがない。そこに座って」

「う、うん……」


 寺花さんに間髪入れずに言われて、俺はおずおずと保健室のソファへと座り込む。

 保健室内の棚をガサゴソと漁り、寺花さんが湿布と包帯と手に持って戻ってくる。

 その表情は、どこか怒っているように見えた。


「もう、怪我したならちゃんと言わなきゃダメでしょ!」

「ご、ごめんなさい……」

「手出してじっとして。湿布貼ってあげるから」


 寺花さんに言われて、俺は素直に右手を差し出した。


「真っ赤に腫れてるじゃない!」


 俺の腫れている右手を見て、寺花さんがさらに鋭い眼光を向けてくる。


「いや、これぐらい大したことないって」

「良くない! もしかしたら骨が折れてるかもしれないんだよ? お願いだからちゃんと治療して!」

「……分かった」


 切羽詰まった口調で言われてしまい、流石の俺も強がることを止めた。

 寺花さんは俺の手に触れて、手首をゆっくり動かす。


「痛っ」

「こう動かすと痛いの?」

「うん、ちょっとだけね」

「じゃあここに湿布貼るからね」


 そう言って、寺花さんは腫れている個所と痛みがある場所をカバーするようにして湿布を張り付けてくれる。

 その上から、包帯を丁寧に巻き付けていく。


「私を庇ってくれたのは嬉しかったけど、怪我しちゃ意味ないんだからね」

「ご、ごめんなさい。でも危ないと思ったら、咄嗟に身体が動いてて……」

「私には無理するなとか言っておきながら、安野君って自分のことになると結構無理するよね」

「あははっ……恐縮です」

「褒めてない!」

「す、すいません」


 寺花さんに咎められて、しゅんと項垂れてしまう。


「私の事、そんなに信用してない?」

「えっ……?」


 包帯を巻きながら、寺花さんがふとそんなことを尋ねてくる。


「だって……怪我したこと隠そうとしてたでしょ?」

「いやっ、これはその……あんまり寺花さんに心配かけたくなくて……」

「心配ぐらいかけさせてよ……。私だけ楽してて、安野君だけ強がるなんて不公平だよ」


 そこで、寺花さんが何を言いたかったのかようやく理解できた。

 彼女は俺のことを信頼してくれて、『素の自分』を出してくれている。

 それなのに俺は、素の自分を打ち明けていない。

 寺花さんはそれが対等じゃないと主張しているのだ。


「ごめん……心配かけちゃって。次からはちゃんと見栄を張らずに言うよ」

「私の体調を労わってくれるのは嬉しいけど、まずは自分の身体が元気じゃないと意味ないんだからね?」

「うん、本当にその通りだね。寺花さんの言う通りだよ」


 俺が元気でなきゃ、守れる笑顔も守れない。

 彼女を安心させるどころか、不安にさせるような行動をしてしまったのだ。

 俺は改めて、自分の行動を反省する。


 キーンコーンカーンコーン。


 とそこで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「次の授業、間に合いそう?」

「私のことはいいから。今は自分の手首の状態だけ心配して」

「はい」


 再び寺花さんに咎められ、俺はそのまま黙って包帯が手首に巻かれていくのをじっと眺めていた。

 しばらくして、寺花さんが俺の手首に包帯を巻き終える。


「これでよし……! 湿布貼ったけど、これで痛みが引かなかったら、放課後病院に行ってちゃんと診察してもらうこと。いい、分かった?」

「うん。分かった。ごめんね、手当までしてもらっちゃって」

「謝らないの。前に私が体調悪かった時、安野君言ってくれたでしょ? 『こういう時はお互い様』だって。だから私は、その恩返しをしただけ。だから気にしないで、ありがとって素直にお礼だけ言えばいいの!」

「……ありがとう」

「んっ、それでよし!」


 俺がお礼を言って、ようやく寺花さんが笑みを浮かべてくれた。

 これで良かったのだと、俺はふぅっと息を吐いて安堵する。


「それにさ……私を助けようとしてくれて怪我しちゃったわけでしょ? だから、私が安野君の手当をするのは当然だよ。あの時、庇ってくれてありがとね」


 寺花さんは、モジモジとしながらお礼の言葉を言ってくる。

 俺はふっと破願して――


「いえ、どういたしまして」


 と言葉を返した。

 包帯でぐるぐる巻きにされた手首は、端から見たら中二病感満載だけど、寺花さんが手当てしてくれたからか、心なしか優しい温もりを感じるような気がする。


 二人の間に沈黙が流れるものの、嫌な感じではなく、どこか甘酸っぱい雰囲気が漂っていた。

 良い雰囲気だななんて、呑気なことを思っているけれど、俺はこの後恐れ入ることになる。


 寺花美月の本性に……。

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