第14話 ドッチボール

 雨が降り始め、校庭がぬかるんでしまったため、体育の授業はサッカーの予定が急遽、体育館でドッチボールをすることとなってしまった。

 高校生にもなってドッチボールと懐疑的な意見も散見されたものの、いざチーム分けをして試合が始まると、一気にヒートアップ。

 まさに、男女入り乱れた銃弾戦場と化した。


「おりゃ!」


 峻希の投げたボールをクラスメイトが避けた先には、やる気がなさそうにコート内で突っ立っている有紗の姿が……。


「有紗!」

「ん? い”っ⁉」


 俺が声を掛けた直後、峻希の投げた剛速球が、有紗の太ももへボンっと音を盾ながらクリーンヒット。

 有紗はぎろりと鋭い目で相手チームを威嚇する。


「わ、悪い松島」


 投げた峻希が、申し訳なさそうに謝る。


「はぁ……当たっちゃった。まっ、外野でサボれるからいいんだけどね」


 そんな怠惰なことを言いながら、有紗は内野から外野へと移動していく。

 元々運動があまり得意ではない有紗にとっては、気を張り詰めながら内野でボールの行方を追っているよりは、外野でボーっと突っ立っている方がいいのかもしれない。

 ひとまず、大事に至らなくてよかった。

 ほっとしている間にも試合は再開、再び白熱した試合が繰り広げられて行く。


「よっしゃぁ、後二人だ!」


 気づけば、俺のチームは二人だけとなってしまう。

 よりにもよって、俺と寺花さんの二人である。


「と、とりあえず俺が何とかするよ」


 俺が弱気な声でそう言うものの、寺花さんはにこりと笑みを浮かべてサムズアップした。


「一緒に頑張ろうね!」


 そんな寺花さんの表情ときたら、きらきらと輝いていた。

 寺花さんを守ろうとカッコつけようとしていた自分が馬鹿らしくなってきてしまう。

 二人は、相手チームの方へ身体を向け、ボールをキャッチする体制に入る。


「おっしゃぁお前ら! まずは安野狩りじゃぁ!」

「おぉぉぉぉぉ!!!!」


 相手チームの男子生徒が沸き上がる。

 味方チームの外野にいる男子からも拍手が沸き起こっているのは気のせいだと信じたい。


「よっしゃぁ行くぜ!」


 ボールを持った男子生徒が、ピッチャー顔負けの片手投げで俺目掛けて投げ込んでくる。

 俺の足元を狙っているため、ボールは下の方へと向かっていく。

 これはキャッチするのは無理だとん判断して、俺は避けようと膝を曲げてピョンっと跳ねた。


「甘い!」


 ガシッ。

 その時、突如ボールの線上に寺花さんが入ってきて、ボールをキャッチしたではないか。


「おぉーっ!」

「寺花さんすげぇー!」

「運動神経もいいなんて、流石寺花さん」


 寺花さんの剛速球キャッチに、体育館にいたクラスメイト達が沸き上がる。


「よしっ! まずは外野にパス!」


 寺花さんは外野に放物線のボールを投げ込んだ。

 内野に二人しかいない状況なので、外野の人にボールを渡して、相手の内野にいる人を狙ってもらってうのがセオリーだろう。

 しかし、外野で受け取ったクラスメイトの投げたボールは、相手の内野にいた男子生徒がいとも簡単にキャッチしてしまう。

 再び、俺と寺花さんはボールが来るのを構える態勢に入る。


「おい安野、ビビってんじゃねぇぞ!」


 擦れた声で怒号を飛ばしながら投げ込まれるボールは、俺の顔面目掛けて一直線に向かってくる。

 危機本能が働き、俺は無意識に仰け反るようにしてボールを回避していた。


「キャッ⁉」


 がしかし、俺が避けた方向には寺花さんがいて、避けた反動で彼女にぶつかってしまう。

 寺花さんはバランスを崩して、コート内に倒れ込んでしまった。


「チャンスボール!」


 外野でボールを掴んだクラスメイトが、寺花さんに向かってボールを投げ込む。

 しかも、女の子相手に当てに行くとは思えない超スピードボールを。

 尻餅をついている寺花さんの元へ、剛速球が襲い掛かっていく。


「寺花さん!」


 俺はすぐさま反応して、寺花さんとボールの間に飛び込んだ。

 頼む、間に合って届いてくれ……!

 そして、俺が伸ばした右手に投げ込まれたボールが当たり、ボールの軌道を変えることに成功する。

 危なかった……。


 グキッ。


「う”っ⁉」


 しかし、安心したのも束の間、俺は着地する際に手が変な方向へと曲がってしまい、激しい痛みが襲い掛かる。

 そのまま、包まるようにして倒れ込む。


「安野、アウトー!」

「てかお前、寺花さんにはもっと優しいボール投げろ。『アイドル』に傷がついたらどうするんだよ!」

「ご、ごめんって」


 寺花さんに剛速球を投げてしまったクラスメイトは、申し訳なさそうに平謝りしている。

 まだ手がズキズキと痛むものの、俺は手をプラプラとさせながら立ち上がり、寺花さんの方を見つめた。


「ごめん、当たっちゃった」

「安野君……」

「寺花さん一人になっちゃったけど、頑張ってね」


 俺はそう言い残して、手を抑えながら外野へと向かっていく。

 結局その後、寺花さんもアウトとなってしまい、ドッチボールはお開きとなった。


「っ……」


 片づけを済ませ、クラスメイト達は各々着替えるために体育館を後にしていく。。

 俺は右手を抑えながら痛みを堪えつつ、ゆっくりと歩いていた。

 先ほどより、ズキズキとした痛みが増してきている。


 とそこで、体操着の袖をクイっと掴まれる。

 見れば、寺花さんがこちらを心配した様子で見つめていた。

 俺は平然を装って声を上げる。


「あれ、寺花さんどうしたの? 早く着替えに行かないと、次の授業間に合わないよ?」


 痛みを我慢するようにして、俺は無理やり笑みを浮かべて見せた。

 しかし寺花さんは、眉間に皺を寄せながら、俺の服の袖を掴んだまま、無言で歩き始めてしまう。


「えっ、ちょっと寺花さん⁉」

「こっち来て」


 強引に俺を引っ張って歩き出す寺花さん。

 無理やり引きはがすわけにもいかず、俺は寺花さんに引っ張られるまま体育館を後にする。

 そして、寺花さんと一緒に向かったのは――

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