第12話 気を抜ける場所

「美月、お昼食べよ!」


 迎えた昼休み、寺山さんの元へ、クラスメイトの水田亜紀みずたあきがトコトコとやってきた。


「ごめん、ちょっと今日は他の人と食べる予定なの」

「マジー? じゃあも一緒に行くー!」


 手を挙げて、水田さんも寺花さんに付いて行うとする。

 しかし、寺花さんが申し訳なさそうなに水田さんの耳元で小声で何かを呟くと――


「マジ⁉」


 っと、大声を上げた。

 寺花さんは周りを気にしながら、人差し指を唇に当て、お口チャックのポーズをしている。


「じゃあしょうがないね」

「ごめんね。今日は他のみんなで食べて」

「分かったー! 頑張ってね!」


 どうやら、上手く嘘を吐き、水田さんが付いてくるのを防いだみたいだ。

 水田さんに見送られ、寺花さんはお弁当箱を片手に教室を後にする。

 俺の後ろを通り過ぎる際、ちらりとこちらへアイコンタクトを取ってきたような気がしたけど、見て見ぬふりをして机の上に広がっている授業用具を片付けていく。


「斗真、飯食おうぜ」


 すると、今度は俺の元へ峻希が弁当を持ってやってくる。


「悪い、今日はちょっと先約があるんだ」

「おっ、珍しいな」

「てことで、俺は別の所で飯を食う」

「ははーん。さては女だな?」

「ちげぇっての」


 にやにやする峻希を適当にあしらい、俺はコンビニ弁当の入った袋を手に席を立つ。

 隣でその様子を見ていた有紗は訝しんでいる様子だったけど、深く詮索してくることなかった。

 俺は教室をそそくさと後にして、家庭科室のある特別棟へと向かう。

 昼休みに家庭科室のある特別棟へ向かう生徒は少なく、教室棟から離れていくにつれ、どんどんと人気が無くなっていく。

 家庭科室の前に着いた時には、廊下の明かりも消えていて、どこか薄ら寒さすら感じられる雰囲気を醸し出していた。

 俺は一つ息を吐いてから、スライド式の扉を開く。


「あっ、安野君。こっちこっち」



 大きな調理実習台がいくつかある中、廊下側の席に寺花さんは一番廊下側の木椅子に座っていた。

 パっと華やかな笑みを浮かべて、俺を手招きしている。

 家庭科室内には寺花さん以外の姿は見られず、室内は静寂な空気に包まれていた。


「待たせちゃってごめんね」

「ううん。私もさっき来たばかりだから平気だよ。それより、私のわがままに付き合ってくれてありがとう。お友達とかに怪しまれたりしなかった?」

「大丈夫だと思うよ。それにまあ、気づかれたとしても寺花さんの為だもん。意地でも来るから安心して」

「もう……そう言うことは、他の女の子に易々と言っちゃダメだぞ?」


 軽く頬を染めながら、寺花さんが艶のある唇を尖らせた。


「ほら、早く食べちゃお。休み時間終わっちゃう」


 俺は誤魔化すように寺花さんの隣の木椅子に座り込む。

 実習台の上にコンビニの袋を置き、横並びの形でお昼ご飯を食べ始める。


「安野君はコンビニ弁当?」

「うん」


 俺が買ってきたのはコンビニ定番のから揚げ弁当。

 本当はパスタとか食べたいのだが、温めないと美味しくないので、お弁当やおにぎり、菓子パンを買ってくることが多いのだ。


「寺花さんはそのお弁当、自分で作ったの?」

「そうだよ! って言っても、ほとんど冷凍食品を温めて詰め込んでるだけなんだけどね」


 そうは言うものの、寺花さんのお弁当は、見た目だけでは手作りと言われても遜色ないほど彩り豊かなお弁当だった。

 冷凍食品ばかりと言っていたけど、卵焼きやウィンナーは手作りだろう。

 少しアクセントを加えて手作り感を出している。

 こうして手抜き感を見せない所にも、寺花さんの気配りが窺えた。


「凄いね。活動もあるのに毎日お弁当作ってくるなんて」

「えへへっ、そうかな? 安野君に褒められると照れちゃう」


 頬を抑え、恥ずかしそうに視線を彷徨わせる寺花さん。


「これも、みんなが求める『寺花さん』の理想像だから」

「……そっか。頑張ってるんだね」

「うん」


 寺花さんがコンビニ弁当を買ってきていたとしても、誰も幻滅する人などいないだろう。

 けれど彼女は、そこまで徹底して自身の見栄えを良くしようと努力しているのだ。

 その努力が無駄だとは決して思わない。

 寺花さんが今まで培ってきたものなのだから。


「でも、こうして安野君と一緒にお昼を食べる時は、私もちょっとだけ気を抜いてきちゃおうかな」

「もちろんいいよ。俺は寺花さんが何を食べてようが気にしないからね」

「そこはもうちょっと気にして欲しいけど……。例えば、私がニンニクマシマシのラーメンとか食べてたら幻滅するでしょ?」

「好きなら別に良くない? 好みは人それぞれだし」

「もう……安野君はがさつすぎるんだよ」

「そうかなぁ?」


 まあ、食べた後の口臭が気になるというのは分かるけど、食べた後のケアをしっかりすれば、別に食べてもいいんじゃないだろうか?


 とまあ、そんな感じでお互いにお昼談議に花を咲かせながら、お昼ご飯を食べ薦めていく。

 二十分ほどで、お互いにお昼ご飯を食べ終え、家庭科室にはまったりとした時間が流れ始める。


「ふわぁっ……」


 すると、寺花さんが手で口元を抑えながら可愛らしい欠伸をした。


「食べてお腹いっぱいになったら、なんだか眠くなってきちゃった……」

「少しお昼寝したら?」

「悪いけど、そうしてもいい?」

「うん。誰か入ってこないか見張っててあげるからさ。時間になったら起こしてあげる」

「ありがと……」


 そう言って、寺花さんは家庭科室の実験台の上に腕を置き、そのまま突っ伏してしまう。

 学校の『アイドル』たるもの、こんな姿を誰かに見られたらと思うと、休む間もないのだろう。

 それほどに、寺花さんが求められている周りからのプレッシャ―のようなものを少しだけれど理解できたような気がした。

 学校の『アイドル』は決して隙を見せない。

 そんな周りからの期待があるからこそ、普段からここまで気を使わなければならないのだ。

 けれど、彼女は今、俺の前だけで素の姿を見せてくれている。

 そのことが嬉しくて、俺はちょっとだけ優越感に浸ってしまっていた。

 誰にも言えない、ここだけの秘密である。

 

 お昼休み終了のチャイムが鳴るまで、寺花さんが少しでも休めるようにと願いながら、彼女が昼寝をする姿を微笑ましく眺めるのであった。


 それと同時に、この二人だけの秘密は、いつまで保っていられるのだろうかという不安も感じてしまう。

 きっと、そう長くは続かないんだろう。

 だからこそ、俺は今この時間を大切にしたいと思った。



 そして転機が訪れたのは、席替えから三日目を迎えたある日の事だった――

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