第5話 推しになったきっかけ

 高校一年生の夏休みは、俺安野斗真やすのとうまにとって人生で最も辛い時期だったと言っても過言ではない。

 両親の離婚が決まり、家族がバラバラになってしまったのである。

 話し合いの結果、俺は一人暮らしを余儀なくされてしまった。


「ただいまー」


 帰って来ても、誰一人返事がない生活。

 そんな温かみがない寂しい無音の室内は、俺にとって苦痛でしかなかった。


 辛い日々を過ごしていたある日、友人の峻希しゅんきが、俺の家庭事情を慮ってか、久々に家に遊びに来てくれた。

 その時に薦めてくれたのが、Vtuberの配信。

 Vtuberという名前ぐらいは知っていたけど、あまり詳しくなかった俺は、峻希に薦められた大手Vtuberグループ『フラッシュライフ』のメンバーの配信を半ば強引に見せられる形となった。


【こんモモー! 桜の木に実ったモモから生まれた妖精。桜木モモーだよ!】


 その時、たまたま配信をしていたのが、桜木モモちゃんだった。


 彼女は桜の木に実った桃から生まれた妖精で、その容姿さながら明るく元気いっぱいといった感じ。

 今の俺とはまるで対極の位置にいる存在だなと、初めて見た時は思ってしまい、余計に心が落ち込んだことを覚えている。

 そして、心が晴れることなくしばらく配信を視聴していると、突然モモちゃんが神妙な面持ちで語り始めたのだ。


【実はね、これは今までみんなにも話したことなかったんだけど、私って家族がいないの。だから、両親がいないんだ……。もちろん、桜の木が親って言われればそうなんだけど、そう言う意味じゃなくて、数年前からずっと一人なの】


 設定どうこうの話ではなく、彼女の実体験なんだなと言うことをすぐに理解した。

 そのことを語るモモちゃんの表情は、どこかほの暗く、負のオーラを纏っているように見える。

 

【でも、今はモモナーのみんながいてくれるおかげですっごい幸せなんだ! だから私は、みんなのためにもっと笑顔を届けていくって決めたの! なんか今日は感謝をしたくなっちゃって……モモナーのみんな! いつもモモを応援してくれてありがとね】


 ファンに感謝を述べる彼女のひたむきな姿勢を目の当たりにして、俺は改めて自分に立ち返った。


「……そっか。この子も頑張ってるんだ」


 きっと彼女だって、両親と離れ離れになってしまい、計り知れないほどの苦しさや寂しさを味わってきたはずなのに、ファンのためを思って笑顔を絶やさず、ひたむきに配信活動を続ける姿勢に感銘を受けた。

 モモちゃんに感化され、落ち込んでいる場合ではないと思えるようになった俺は、一歩前へ歩みを進めることが出来たのである。


 彼女の配信で、俺は前に進む勇気を貰った。

 バーチャル上の存在かもしれないけど、少なくとも俺はモモちゃんの配信を見て、いつも元気を貰っている。

 だからこそ、実生活で斗真はモモちゃんから貰った元気を他の人に分け与えれるようにと心がけるようになった。

 モモちゃんもきっと、それを望んでいるだろうから。


 これが、俺がモモちゃんを推すのようになったきっかけである。



 ◇◇◇



「他のファンと違って、推しになった理由が特殊かもしれないけど、俺にとってモモちゃんは命の恩人みたいなものなんだ。今でも本当に感謝してるし、いつも元気な笑顔を絶やさず配信してくれていることに感謝しきれないぐらいの元気を貰ってる。でも、時々大丈夫かなって心配になるんだ。そのバックグラウンドを知っちゃってから、毎日笑顔を絶やさず過ごしてて無理をしてないかなって。画面上の向こうだからファンとして応援したりコメントで励ましてあげることしか出来ないけど、なんだか自分と境遇が似てるからかそんなこと思っちゃってさ、放って置けないんだよね」


 俺は滔々とモモちゃんを好きになったきっかけについて熱く語ってしまっていた。


「だから、モモちゃんがファンに元気を与えているように、俺も他の人を元気づけられるようにしたいんだ」


 起こってしまった現実を変えることは出来ない。

 でも、自分自身が他の人に元気を与えるよう行動することによって、誰かの未来を変えることは可能かもしれない。

 これこそ、俺がモモちゃんから教えてもらった教訓である。


「実はさ、寺花さんもどこかモモちゃんに似てるよね。ずっと教室で笑顔を振りまいてて凄いなって思う反面、気を張りっぱなしなんじゃないかなって心配になるんだ。たまには気を抜かないと、いつか今日みたいに体調崩して倒れちゃうんじゃないかなって。本当は、もっと早く俺が気を配って声を掛けてあげてれば、こんなことにはならなかったのかなって。……って何語ってるんだろう俺、寺花さんの彼氏でも何でもないのにキモイよな」


 あははっと、俺は乾いた笑い声を上げながら、後ろ手で頭を掻く。

 そんな俺の反応とは裏腹に、寺花さんは毛布で口元を隠してたままモジモジと身体を捩っていた。

 顔がリンゴのように真っ赤に染まっていて、先ほどまでと違って明らかに様子がおかしい。


「どうしたの寺花さん⁉ 顔真っ赤だよ⁉ もしかして、熱上がっちゃった⁉」


 俺が咄嗟に寺花さんの額に手を伸ばそうとしたところで、寺花さんがすっと毛布で手をガードする。


「ち、違うから! 本当に大丈夫だから! おやすみなさい!」


 寺花さんはそのままバサっと布団を頭まで被り、そのまま、狸寝入りを決め込んでしまう。

 モモちゃんのことを熱く語り過ぎて、気持ち悪いと思われてしまったのだろうか。


「……安野君は気づいてくれてたんだね」


 寺花さんボソっと何か独り言のような事を呟いたような気がしたけれど、俺は聞き取ることが出来なかった。

 というか、体調が悪いのに、寺花さんへ長話を聞かせてしまったことを反省する。

 さらに疲れさせてしまったに違いない。


「おやすみ、寺花さん」


 そう一言添えて、俺は寺花さんをゆっくり休ませてあげることにする。

 しばらくすると、スヤスヤと一定のリズムで寝息が聞こえてきた。

 寺花さんは疲れていたのか、そのまま眠りについてしまったらしい。

 俺はほっと安堵の息を吐いた。


 語り過ぎてしまったことは反省しつつも、モモちゃん推しという同士を見つけたことに、どこか嬉しさを覚えた自分がいた。

 寺花さんが元気になったら、またモモちゃんの良さについて語り合いたいな。


 そんな俺の願いは、思わぬ形ですぐに訪れることとなった。

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