最前列にて

ブルーなパイン

短編 最前列にて

 午後18時、俺は仕事を終えていつものように駅に向かう。

 改札を通り駅のホームに繋がる階段を降りる。


「ドア閉まりますーご注意くださいー」


と駅員の声が聴こえ続々と人の群れが階段を登っていく。


発射間際の電車に乗ろうと急ぐが、登って来る人の流れに押されてしまう。

人の流れをかき分けてホームに降りた頃には、電車は出発した後だった。


 溜め息を吐いた。


 次に来る電車は10分後、それまで何をしようか悩む。とりあえず座りたいと待合室の前まで行くが皆考えることは同じで既に席は

埋まっていた。


 仕方なく自販機で水を買ってホームの最前列に立ち電車を待つ。水を口に含み暇つぶしに携帯を弄る。


 携帯を開くと一件メールが来ていた。メールの内容を見ると口元が緩む。

 メールの相手は結婚を前提に付き合っている彼女からだった。


『今月末、両親に合えないかな?そろそろ挨拶に来てもいいかなーって思ってるんだけど無理かな?』


『大丈夫だよ。俺もご両親に挨拶したいなと思ってたところ』


 すぐに返信する。


 彼女と付き合って2年半ようやく両親の挨拶まで辿り着いた。

これで同棲の許しも出るだろうか。この先の未来を想像すると幸せな気持ちで心が満たされる。


 携帯が振動してまたもメールが来る。彼女からと思い携帯に目をやる。

 メールを見た瞬間、先程までの幸せな気持ちが一気に消え失せた。


 前に付き合っていた彼女からのメールだった。


『ねえ、何で無視するの?私のこと嫌いになった?』


 俺は大きく溜め息を吐く。元カノは別れた後もこうしてメールをしてくる。


 別れた最初は少し罪悪感があったが今では鬱陶しさの方が強い。


 元カノとは大学の頃からの仲だ。大学3年生の冬、俺がアプローチして交際に発展した。当時は本気で好きだった、その気持ちに偽りはない。


 だけどお互い就職して会える時間が少なくなると元カノはメールや電話を頻繁にしてくるようになった。昼休みの休憩も同僚との食

事の時もだ。


 また元カノの誘いに断ると決まって来れない理由をしつこく問いただしてくる。断る回数が多くなると他に女が出来たなどと騒ぎ始めた。


 終いには会社にまで押しかけるようになった。

 日を増すごとに元カノの束縛はエスカレートしていき俺はそれに耐えられなくなり別れを決意した。


『嫌いとかの話じゃないだろ。俺とお前は赤の他人に戻ったんだから』


『何でそんなこと言うの?大学生の時、私に好きって言ってくれたじゃない!あれは嘘だったの?』


 送った瞬間に返信が来るのも面倒くさい。


『嘘じゃないけどお前の行き過ぎた行動で嫌になったんだよ。もう話しかけて来ないでくれ』


『ごめん。そのことは謝るから許して。またやり直そう?』


『そういう問題じゃないから。てかもうめんどいから言うけど俺彼女がいるの、だから諦めろ』


 すると俺の返信で元カノからの反応がなくなる。

 彼女というワードがどうやら効いたようだ。


 携帯が振動する。


『酷いよ』


 ん?数分後またも元カノからのメールが来る。


『何で?何で?何で?何で?何で?』

『酷いよ酷いよ酷いよ酷いよ酷いよ』

『やっぱ女いたんだ。嘘ついてたんだ』

『許さない許さない許さない許さない許さない』

『嘘嘘嘘嘘嘘、ごめんなさい。私が全部悪いからお願い許して』

 

 何度もスマホが振動する。


 怒ったかと思いきや急に謝罪してくる。情緒が不安定なのが伝わる。


『ごめん。もう付き合い切れない』


と送った。もう元カノに振り回されるのは散々だ。


『分かった』


 やっと分かってくれたようだ。全身から力が抜けるのを感じる。

 俺は解放されたんだ、これからは彼女との今後に集中できる。


 走行音と共に前方を照らし次の電車がやって来る。

 スマホから目を離すと右も左も人の行列ができている。この人数が一気に乗るのか……


 まあ、元カノともきっぱり別れることができたしいいか。


 電車が近づき素行音が大きくなる。

 また携帯が振動する。


『さよなら。消え』


 さよなら、消え、で文面は終わっている。誤字ったのか?どういう意味だ?


 文面の不穏さが気になる。

 消え?消える?


 まさかとは思うが死ぬとかないよな……?

 いや、ないない。別れるとかで死ぬとか普通ないよな。

 

 考えすぎだ。


『電車が参りますー黄色い線の内側まで下がってお待ちくださいー』


 電車が到着する。スマホから目を離す。


 その瞬間いきなり強く背中を押されてた。

急なことでバランスを崩し手からスマホが落ちる。


 体が前に飛び出で黄色い線を踏み越える。そして、止まれず俺は……


 *****


 ホームに電車の急ブレーキ音が響き渡る。

 周りの人々の悲鳴とは反対に最前列に立つ女が腹を抱えて笑っていた。


 ホームの最前列に落ちたスマホが振動する。


『ろ!』

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最前列にて ブルーなパイン @musamura

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