「カクヨムWeb小説短編賞2023」黎明

@rinka-rinka

Episode

「そろそろ新横浜だね」


遥は流れゆく富士山を眺めながらそう言った。


「まだまだだよ。昨日はあまり寝れてないんだから今のうちに寝ておいたほうがいいよ。」


そう私は優しげに返す。


遥は悔しそうに富士山を眺めながら私の肩に寄りかかり、赤子のようにすやすやと寝息を立てる。


しばらくするとアナウンスが聞こえた。


私は遥を起こし新幹線を降りると、崎陽軒の焼売弁当を二つ買った。


「私ね、グリーンピース苦手なの。」


そう笑う遥の子供っぽさも私の瞳には魅力的に映る。


駅を出て少し歩く。


春の黄昏が優しく私たちを照らしている。


カップルとよくすれ違ったが、皆優雅な港町にひどく似合っていた。 


「私、観覧車乗ってみたい!」


そう、無邪気に言う遥を見ていると、私も自然と口元が緩んだ。


「いいね。行こうか!」


大観覧車に向かった。


春の陽気な潮風は私たちを案内するように、抱きしめるように吹いていた。


「気をつけてね。」


私が先に乗り込むと、遥を優しくエスコートした。


「ありがと!」


徐々に大観覧車が回っていく。


眩しい光が星座を作り、都市という名の生き物として呼吸するように、自分の存在を主張するように光っている。


遥の瞳は恍惚の液体に浸っていた。


私たちの箱が時計の針のように0時を指すとき、私は一生をかけた勇気を振り絞り、遥の前に跪いた。


それと同時に、ポケットから小さな箱を取り出し、開く。


「遥。私と結婚してください。」


遥はしばらく言葉を失っていたが、やがてとびっきりの笑顔で言う。


「はい…!よろしく…お願いします…!」


遥の瞳から澱んだ水がダムが決壊するように流れ落ちて、悲しみの歴史が全身から抜け出していく。


ただ眩しい輝きだけを残して。


遥の澄んだ瞳は横浜の夜景よりもドビュッシーの月光よりも美しい輝きを放っている。


「遥。必ず幸せにする。」


そして遥を抱きしめた。


この瞬間の温もり、そして誓いを忘れることは決してない。


「遥…。」


愛しの人の名前を呼ぶと、私たちは目を合わせ、ゆっくりと近づき、そして…


二人の影が重なる。


長いような短いような、そんな瞬間だった。


けれど確かなことがある。


「私今、とっても幸せだよ!」


ああ、そうだ。


今最高に幸せだってこと。


やがて大観覧車が一周を終える。


ゆっくりと私たちはゴンドラを降りた。


そしてゆっくりと歩いていく。


これから二人を待っているであろう、幸せな未来に向かって。





遥の瞳と薬指は今も美しく輝き続けている。


新たな命が宿り泣きじゃくる時、私たちもまた涙を流すだろう。


そんな未来も、そう遠くはないかもしれない。

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