かたどる
「片瀬さんは、アキのなにを知ってるの? ていうか秋人って、なんでそんな呼び方してるの?」
同窓会のあと、二次会に向かう集団の後方を片瀬みよりと並んで歩いた。彼女と話した記憶はほとんどないのに、よく名前がすんなり出てきたものだと自分でも感心する。中学時代の彼女はいつも教室で浮いていたから、その光景が頭の隅に焼きついていたのかもしれない。
アキはもう帰ってしまったようで、どこにも姿はみえなかった。片瀬みよりは軽い足取りで、なんだか楽しそうでもあった。じゃっかん寒さが残っていたものの、その日はよく晴れていてときおり吹いていく風が心地よかった。
「藤崎さんが知らないだけで、私は秋人と仲がよかったんだよ」
「どうして? ふたりが話しているところなんてみたことなかったよ」
「隠れて会っていたからだれも知らないだけ。偶然だけど秋人のひみつを知ったの」
片瀬みよりが話していることを急に信じることは難しかったけれど、わざわざそんな嘘をつく必要性も理由もないだろうと思った。彼女の淀みない口調と立ち振る舞いに、中学のとき抱いていたイメージがくずれる。知らないことがあるというのは、私を不愉快にさせる。アキのことなら、私はなんでも知っておかなくちゃいけない。
「ひみつって?」
「泥棒」
「どろぼう?」
さらさらと、片瀬みよりの長い髪がなびいた。遠くを歩く二次会の集団の笑い声がかすかに届いて、すぐに消えた。
「松田さんのね、ボールペンとか髪ゴムとか国語のノートを、こっそり盗んでたの」
「どうして」
思わず足を止めた。二歩分だけ、片瀬みよりが私の前に出る。彼女の背中の向こうでは、小さくなった中学時代の集団が歩いていた。アキの部屋にあった不自然なものたちが頭に浮かぶ。
「好きだから、だって」
振り返った片瀬みよりは、重大な事実を打ち明けるとでもいうような、物々しい口調で言った。そのくせおかしそうに目を細めているから、ちぐはぐさが際立った。
「好きだから、盗んだんだって。松田さんのものを持っていれば、離れていてもつながってる気がするんだって。知ってた?」
「……いまも?」
「いま?」
「いまも、松田さんのものを盗んでるのかって聞いたの」
「いまは、知らないけど」
「なんだ」
それなら、私だってだれも知らないアキのことを知っている。実は小さなころは泣き虫で、バッタが手に飛び乗ってきただけで泣いていたとか、小学三年生の夏まで母親とお風呂に入っていたとか、工作の時間に描いた兎の絵を猫と間違えられて密かに怒っていたこととか、舌足らずがなおらなくて、「おはよう」をずっと「おあよう」と発音していたこととか。
それよりも、アキの部屋にあった不自然なボールペンと髪ゴムの謎が解けて、私はすっきりしていた。仮に知らないことがあっても、こうやって私はなにかがきっかけとなりアキのことを知ることができる。それは私が知るべきことと決められているからだ。主人公はこうあるべきなのだ。
「いいの?」
「泥棒はたしかにいけないことだけど、私はどんなアキも好きだから、ゆるせる」
片瀬みよりがなぜそんなことを聞くのかがわからなかった。こんなことで私の気持ちが揺らぐなんてあるわけがない。彼女は、どれだけ私たちが強いちからで結びついているかを知らないらしい。
私の答えに、片瀬みよりは一瞬きょとんとした顔をしたけれど、そのあとすぐに口角を上げた。
「ちがうよ。秋人が、松田さんのことを好きでいてもいいのかって聞いたの」
ゆっくりと、私の反応を窺いながら、そしてとても楽しそうに。ね、ね、ね、と同意を求める女の子たちとは違う。そこに含まれているのは悪意ではなく期待だった。私がなんと返してくるのかを機嫌よく待ってくれている。彼女は私を応援しようとしてくれている。それなら私は、主人公として最適なセリフを言うだけだ。
「アキはね、まだ気づいていないだけなの。松田さんに騙されているの。だけど私はアキのことを信じているから。近いうち私のことを好きだって気づいてくれる」
口にすると、みるみるうちに現実味を帯びてくる。この感覚は、おぼえがある。前に、アキと夏祭りに行ったと新学期で話したとき。自分の想像のなかでの事柄が、すべて事実になっていく感覚。
小さく息をついて、空を見上げた。淡い水色の空をアキも私と同じように眺めている気がした。アキが私と同じことを考えているとわかって嬉しかった。私たちは、離れていてもつながっている。きっともう少しだ。アキが私に気づくまで。
「ねえ、片瀬さんもそう思うでしょ」
同意の確認、あるいは同意のなすりつけ。結局私も、さっきの女の子たちと同じことをやっている。そう考えたら、ふふ、と小さく笑みがこぼれた。
ああ本当に、私はありふれている。大勢の人と同じ行動をしてしまっている。それなのに、こんなに特別。私はちがう。私だけは、脇役の顔をしていない。
「藤崎さんがそう思うなら、そうなんじゃないかな?」
片瀬みよりの言葉には温度があった。不思議だった。秋人、なんて馴れ馴れしくアキのことを呼ぶ彼女のことをさっきまでは憎いと思っていたのに、いまでは親近感がわいている。片瀬みよりは、ちゃんと私の話を聞いてくれている。新しい、私のための脇役。
「ふたりはとってもお似合いだと思う」
そんなセリフも、久しぶりだった。中学校のころはよく言われていたのに、私とアキをそうやって形容してくれる人は、次第に減っていった。だからとても嬉しかったのだ。
「あのね、私、アキとキスをしたことがあるんだけど――」
さっきは聞いてもらえなかった話をやっと口にできる。アキのことを話せば話すほど、彼との距離がどんどん縮まっていく。声に出すほど、言葉は強いちからを帯び、はっきりとわかるくらいに象られていく。
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