かかえる

 恋に落ちたなんてよく言うけれど、恋は落ちるものでなく拾うものだと思う。金平糖とか飴玉みたいに、いろいろな色やかたちがあって、口に入れたら甘やかな風味がひろがっていくのだ。舐めたり噛んだりするごとに、壁をペンキで塗るように私の体内に色がつき、恋は育つ。

 アキは私にたくさんのお菓子を落としている。それはヘンゼルが白い小石を目印のために落としていったように。月明かりがなくても私にはみえる。みつけることができる。

 ヘンゼルは帰り道がわかるように小石を落としたけれど、アキのお菓子は私がひとつ残らず拾って歩いていく。彼が振り向いたとき、金平糖や飴玉をいっぱいにかかえた私と出会うだろう。

 

 アキのことを好きだと気づいてから、彼がいつ告白してくれるのかを夢想した。クラスの女の子たちが言った「絶対アキくんも五月ちゃんのこと好きだよ」という言葉を信じ切っていた。アキのことばかり考える毎日は、幸福というほかない。考えれば考えるほど、アキへの気持ちは膨らんでいき、私を満たした。

「いつ五月ちゃんに告白してくれるかな?」

 教室での会話の半分はこの話題だった。アキがいつ、どんなシチュエーションで私に告白してくれるのか。女の子たちは自分の想像を私に話し、話している最中で歯止めのきかなくなった機械みたいにきゃあきゃあと騒ぎ続けた。彼女たちの想像のなかの私は、一体どれだけ幸福な顔をしているだろう。アキはどんなふうに、私をみつめているだろう。

「やっぱり文化祭かな?」

「でも、夏の大会で結果を残したら、っていうのもあるんじゃない?」

「そっか、野球部のレギュラーだもんね」

「夏祭りは一緒に行かないの?」

「図書館で勉強するとか」

「家が近いっていいよね、絵に描いたような幼馴染みで羨ましいなあ」

 彼女たちから出てくる言葉は、私をひたすら喜ばせた。その数々は、すべて現実味を帯びて私に降りかかってくる。文化祭での告白も、アキが夏の大会で結果を出すのも、そのあと呼び出されて好きだと言われるのも、夏休みを長く一緒に過ごすのも、いとも簡単に想像できた。そしてそのとき感じていた優越感は、やはり私の幸福に直結した。幼馴染みの男の子に好意を寄せられている、あとは告白を待つばかり、きっとそのあと夢のような日々がおとずれる。

 私は主人公だったんだ。そう思った。飽きることなく私の話を毎日だれかが口にする。つねにカメラが私に向いている。だから私はその期待を裏切らず、みんなに愛される主人公になる必要がある。

「でも、幼馴染みで付き合うなんて、なんだかありふれてるよね」

 自嘲的に、少しおどけて、わざとらしくないように。主人公は、自分の恵まれた環境を鼻にかけない。思慮深い私の言葉に、まわりの女の子たちは空気が中途半端に抜けた風船みたいに笑った。張りつめていない、けれど極端にやわらかいわけではない。微妙な含みのある笑顔。

「五月ちゃんってば、それがいいんだよぉ」

 ね、ね、ね、と互いに顔を見合わせて確認。ね、は一音だけとは思えないほどの感情を詰められる音だ。

「それより、あの先輩とはどうなったの?」

 だれかがふいに話題を変えた。話の内容は、いつもするすると変化する。メモでもしないかぎり、話したことはすぐに忘れてしまう。

 よく知らない先輩の話を聞きながら、私の頭の中はアキでいっぱいだった。今日も、私にしか見えない金平糖や飴玉を拾いにいかなくちゃ。甘くてきらきらしているお菓子をかかえてアキを迎えにいかなくちゃ。かかえたものをひとつも落とさないように、ほかの話を聞く余裕はなかった。「あの先輩」のことも、ほかにいくつも飛び交った会話のひとつひとつも、もうなにもおぼえていない。

 いつだって、私とアキだけがいればよかった。私はずっと主人公。だからアキを手に入れて、さらに完璧な主人公になる。

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