第47話 闇の波動


「ヤバい!! ウィンターに魔力を使いすぎた!!」


 言い知れぬ焦燥感で心臓が爆発する。


「ネクロマンスが解ける!! 死ぬ死ぬ!! ボク死ぬ!!」


 お母様からネクロマンスを引き継いだのはいいものの、魔力が尽きて今にも術式が解けそうだ。このままでは体が腐り、魂が離れ、正常な死を迎えてしまう。


「ちょ、ちょ、アドくん!?」


 リアラも慌てふためいて、おろおろとその場で回転する。


「そのへんの魔晄結晶を掻き集めて!! それ、ボクの命!!」


 何でもいい。欠片でもいい。まだ死にたくない!


「どうぞ」


 落ち着きなくくるくる回るアドとリアラのもとに、すっと両手が差し伸べられた。


「アルティア様……!」


 手を差し出したのは、アルティアだった。

 両手には、魔素の詰まった魔晄結晶が五つも乗っている。


「ふぅ~~……危なかった~~!!」


 即座に魔力に変換し、一人で額の汗をぬうアド。


「リアラ……本当に……バカなんだから……!!」

「アルティア様こそ……バカです……!!」


 寄り添うリアラとアルティアをよそに、蒸発していく魔晄結晶を眺める。


「これくらいあれば、一月は持つかな?」


 自分の活動可能時間を目算する。

 術式維持のために、これからは魔晄結晶を継続して採取しないといけない。


「ていうか見て。影の病が消えてる!」

「ほんとね」


 ウィンターが棒読みで驚く。

 アドが囚人服を捲ってお腹を顕わにしてみせると、皮膚を侵していた黒い痣がさっぱりなくなっていた。肌色のおへそが姿を見せており、見慣れない光景すぎて、逆に違和感があるくらいだ。


「健康な血肉を再現できたんだ」


 ――アンタを奪う方法も、この病を解決する方法も、全部思いついたんだ。


「死ぬのが嫌なら、最初から死んでおけばよかったんだ」


 これが、列車の中でアドが導き出した結論だった。

 死んでおけば、もう死ぬことはない。


「その発想はなかったです!」


 リアラが感心して言った。

 すべては、リアラが時の魔女であるという仮説から始まった。

 もちろん最初は列車の中での思いつきだったし、リアラが〝時間停止〟の魔術を発動させなければ失敗に終わっていたが、『未来を見た』というヒントから時間回帰クレリスには思い至っていたし、それなら成功するまで繰り返してもらえばいいだけの話だった。


「でも、お母様は悲しむだろうな」


 アドはアンデッドの体をなでる。


「生き返ったら絶対ボクを抱きしめるから、肌の冷たさに驚くと思う」

「……アドくん」


 悲しげに目を伏せたリアラだったが、おもむろに胸に手を当ててみせた。


「アドくん、ここですよ、ここ。ここがあったかければいいんです」


 ――魔も人も、心があるではありませんか。


 アドはメリュディナの言葉を不意に思い出し、ふっと力の抜けた笑みをこぼした。


「そうだね。その通りだ」

「ゴ機嫌麗シュウ、主様」


 背後から、心臓に響く禍々しい声が聞こえた。


「おっ、ネクロリッチ。いま来たの?」


 懐かしさすら感じる骸骨が、面目なさそうに頭を垂れた。


「森ノ主ニ、置イテイカレマシタユエ……」

「もう終わったよ?」

「……ソノヨウデスネ。面目アリマセン」

「ちょうどいい、ボクはもう寝るよ」

「どこからその棺桶出したんですか」


 地面に棺桶を置いたアドに、リアラがジト目で嘆息している。


「オ休ミニ、ナラレルノデスネ」

「魔晄結晶の節約。起きてると、魔力を使うからさ」

「ソウデスネ」


 ネクロリッチが首肯する。


「その間、ボクの魂をネクロリッチに移すよ」

「ソレハ……! 身二余ル光栄……!」


 何が光栄なのかわからないが、ネクロリッチはとても嬉しそうだ。


「よし、寝る前に一仕事だ。新鮮なうちにね」


 大事な大事な仕事がまだ残っている。


「起きろ、影の魔王」


 魔王の死体に魔法陣を描き、魔力を注いで死霊術を発動させる。

 紋様式が踊るように駆け回り、強まった黒き光が最高潮に達すると、光の中央で忍び笑いが漏れ聞こえた。


「……ククク。私をも統べるか、アド」


 影の魔王の骨格が立っていた。


「飢えがひどいだろう。血と肉がほしいか?」

「お前といれば、父さんに会える……か」

「いずれは」

「ククク……クハハハ……!」


 悪魔の頭蓋骨を揺らして、影の魔王が盛大に笑う。


「よかろう。お友達とやらになってやる」

「契約成立だ」


 その言葉を以って、両者に死の契約が結ばれる。

 だけどごめん。節約のために、受肉はまた今度だ。


「もしかしてボク、めちゃくちゃ強い死体を手に入れちゃった?」


 もしかしなくても、素晴らしい死体だ。

 今後の戦力として、申し分ない。


「わたし、働かなくていい?」

「そこ、よろこばない」

「えー」


 さっそくサボろうとするウィンターに釘を差しておく。

 ウィンターが手持ちの死体の中で最強格なのは今でも変わりない。

 四季を冠する、スプリング、サマー、オータム、ウィンターは、アドの頼れる最高のお友達だ。この四体の姫がいれば、アドに怖いものなんてなかった。


「初めて棺桶で寝るよ。寝心地いいのかな?」


 蓋を開けた棺桶の中で、アドがゆっくりと尻をつけた。


「あ。寝心地悪い、もうわかる。……ん?」


 静かな足音が聞こえ、アドが視線を向ける。


「リアラ」

「あっ、ジルくん。今までどこにいたんですか!」


 足音の主は、黒騎士のジルだった。


「巻き戻しが使えないと言ったか?」

「はい。もうわたしの寿命は、今年で終わりですから」

「リアラ、どういうこと?」


 驚いたように、アルティアが振り返った。

 そんなアルティアに困ったように笑いかけ、リアラが自分の首の痣をとんとんと指差した。この前まで『23』のように見えた痣が、今では形を変えて数字の『18』のように見えた。まさに、今のリアラの年齢と同じだった。


「時を止めたから、減っちゃいました。もう十五歳には、戻れません」


 時間回帰クレリスは、1回の回帰で1年寿命を支払う、そういう制約だ。

 なるほど、あの数字は寿命だったのか、とアドはようやく気づく。


「なぜ貴様がここにいる、ジルコニア……!!」


 突然、影の魔王が声を荒げた。


「リアラ、その言葉、信じるぞ」

「かはっ……」


 ジルの尻尾が鋭く伸び、リアラの胸部を貫いた。

 血反吐を吐くリアラから、ぼとぼとと臓腑が落下する。


「ジル……くん……?」


 なんで? という顔で、リアラがジルを見下ろす。


「アドが死に、リアラが死に、影の魔王が死んだ。吾輩の目的は達成された」


 世界を大地震が襲う。

 上空が禍々しい光に覆われ、圧倒的な重圧が地表へ押し寄せてくる。

 息ができなくなったのか、人々が喉を押さえて倒れ始めた。


「父上が……! 応えてくれた……!!」


 ジルが目を見開いて、黒い空を見上げる。

 興奮という興奮が表情から滲み出てくるようだ。


「どう……して……?」


 疑問に満ちたリアラに、ジルは静かに答えた。


「吾輩はジルコニア。欺瞞の魔王である」


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