第44話 最低の結末



「おっとー!?!?」


 血溜まりに倒れる槍の男を見て、ジョーカーが嬉々として声を荒げる。


「この事態を誰が予測したでありましょうか!」


 観客に問いかけるように声を張り上げる。


「希望と絶望に撹拌され、諦観の果てに自死してゆく姿!」


 観客の魔族様も、皆がうっとりとした表情を浮かべる。


「まさしく!」


 ジョーカーが両腕を胸の前でぐっと縮める。


「まさッッしくッッ!!」


 風切音が聞こえるくらい瞬発的に腕を開いて、


「極・上・の・味ィィ~~~!!」


 体が反り返るほど天を仰いだ。

 今日一番の大拍手が音の塊となってリアラに激突する。


「リアラ……?」


 アルティア様が呆けたように見つめてくる。


「おっとぉ?」


 リアラはゆらりと立ち上がっていた。

 宝石まみれの剣を拾い上げて。


「これこそ我々の望んだ最高のシナリオじゃありませんか!」


 観客の感情を盛り上げるように、ジョーカーが大げさに囃し立てる。


「わた……わたしは……」


 リアラが剣先を自分の首にあてがった。


「アルティア様が……大好きでした……!」


 ぷつっと皮膚が裂けて、囚人番号116に傷が入る。

 リアラは覚悟を決めて目をつぶり、ぐっと両手に力をこめた。


「今まで……ありがとう……ございました……!」

「リアラッ!!」


 しかし、剣は微動だにしなかった。

 目を開けると、アルティア様の顔があった。

 リアラの握る剣を、アルティア様の手が押さえている。


「あなたが生きるのよ、リアラ」


 アルティア様の腕を、赤い血が伝い落ちていく。

 そのときリアラは、アルティア様が刃を握っていることに気がついた。

 アルティア様が傷つくと知って、これ以上力を込めることはできない。


「死ぬのはわたくし」


 力を緩めたリアラの手から、きらびやかな剣が奪い取られる。

 アルティア様が自分の首に剣先を向けるのを、リアラは黙って見ていることしかできなかった。


「今までありがとう。誰よりも幸せになってね」

「はーい。ここで一旦広告です」


 いつの間にか滑り込んできたジョーカーが、剣を掴むアルティアの手を捻り上げた。変な方向に曲がった手首から剣が落下して、かららんと床で乾いた音を立てる。それと同時に、影目玉の映像が企業の商品紹介に移り変わった。


「駄目ですよ、お姫様。ちゃんと殺さないと」


 痛みに歪むアルティアに向かって、ジョーカーが静かに語りかける。


「あなたに死なれると、シナリオが壊れるんです」

「やはり、あなた方の一番嫌なことは、わたくしの自死ですか」

「…………」


 意外なことにジョーカーが押し黙った。


「そうですよね。わたくしは家畜の希望ですもの。マーケットにいるわたくしを宣伝できないと、家畜たちは希望を失ってしまいますものね」

「生意気な姫様ですねぇ……」

「交換条件といきませんか」


 興味を持ったのか、アルティア様に耳を傾けるジョーカー。


「わたくしはファームに戻ります。民の希望であり続けます」


 これまで以上に、と。


「希望がなければ、美味しく育たないでしょう? 絶望が……!」


 アルティア様が吐き捨てるように言った。


「ですからあの子を、リアラを、出荷してください」

「アルティア様!?」


 リアラは目を剥いて前のめりになる。


「うーん、どうでしょう」


 ジョーカーが困ったように顎をなでる。


「それを判断するのはいささか難しいですねぇ」


 それから観客席を向き直り、影目玉の映像を消し去った。

 企業の広告が中断され、しんとあたりが静まり返る。


「判断は皆様に委ねましょうか」


 観客の魔族様は、ジョーカーの発言を今か今かと待ち受けている。


「どうでしょう。この家畜に賛同する者は拍手を!」

「…………」


 ジョーカーは両腕を広げ、観客席の反応をうかがう。

 物音ひとつ立たない。

 それから十秒、二十秒と時間が経過していき、ジョーカーが痺れを切らす。


「賛同いただけてないようですね。やはりリアラさんには、絶望の果てに死んでもらうほうが、需要がおありのようで……」


 ホールの意思決定が満場一致で下されようとしたとき、観客席からひとつの拍手が打ち鳴らされた。


「おやぁ?」


 ジョーカーが目の上に手を掲げて、拍手の鳴るほうへ視線を向ける。


「おやおやおやぁ?」


 細めていた目が、丸々と膨らんでいく。


「なんとなんと! 魔王様の賛同です!」


 観客席の魔族に紛れて、この国の王がちょこんと座っていた。


「ていうか、魔王様いらしてたのですかぁ! しかも来賓席ではなく、一般二階席! お忍びでご参加の最中、拍手にて家畜の提案に賛同しております!」


 拍手の主が影の魔王だと知って、観客席の他の魔族様も、賛同の拍手を送り始める。


「そして、皆様の賛同に変わりました!!」


 一瞬で、万雷の拍手に変わった。


「なんと!! なんと美しい!!」


 ジョーカーの興奮が、観客の感情を掻き立てる。


「〝加工の儀〟始まって以来、初の、生存者二人!」


 唾が飛び散るくらいに張り上げられる声。

 影目玉の射出するスポットライトがホール中を駆け巡る。


「こんな希望があっていいのでしょうか!?」


 観客が総出で席を立ち、惜しみない拍手を送り続ける。


「いいんです!!!!」

「生きて、リアラ」


 鳴り止まない拍手が降り注ぐなか、アルティア様がそっと両肩を掴んできた。


「い、嫌です。なんで、わたしが」


 遠い国で二人、のんびり暮らすのが夢だったのに。

 どうしてわたしだけが、自由になるの?


「いずれすべてわかるときがくるわ。これまでのすべてが」

「リアラ・カイロスが市場へ! アルティア・クロノスが牧場へ!」


 ジョーカーが歌うように声を張り上げる。


「以上の結末で、〝加工の儀〟を閉幕します!!」


 拍手で、空気が割れる。


「本日のご参加、誠にありがとうございました!!」



     *



 ガタガタと。

 影馬の馬車のなか、リアラの体が上下に揺れる。


「…………」


 目の端から、涙が静かに流れる。

 王都の行き止まりの壁に、黒い影の渦が発生した。

 影の門だ。

 あの影の門を通り抜ければ、天にそびえる壁の向こう側へ行ける。

 あれほど壁の外に出ることを望んでいたのに、リアラはちっとも喜べなかった。いま隣に、アルティア様がいない。そのことが胸をきゅっと痛くする。


「アルティア様……!」


 そのときふと、馬車の窓の向こう側で、見知った顔を見つけた。

 慌てて窓を開け放ち、外へ半身を乗り出した。

 影の門の脇に、人型の影に囲まれたアルティア様が立っていた。

 見送りに来てくれたのだと思って嬉しくなる反面、より一層切ない気持ちが強くなっていく。


「アルティア様!! アルティア様!!」


 リアラは声を張り上げ、手を限界まで伸ばした。


「止めてください! 止めて!」


 影馬を操る影人にお願いする。

 だが馬車は無情にも突き進んでいく。


 し・あ・わ・せ・に・ね。


 アルティア様の唇が、かすかにそう動いたのがわかる。


「あ……」


 影の門に呑まれて、気がつけば景色が変わっていた。


「壁の外……」


 目の前に、赤茶けた大地が広がっていた。


「広いなぁ……」


 リアラは青く染まった空を見上げる。


「わたしがほしかったのは、こんなのじゃなかった」


 目にいっぱい涙がたまる。


「わたしはただ、アルティア様のそばにいられれば、それでよかったのに」


 目の端から、ぼろぼろと涙の粒が零れ落ちる。


「こんなんじゃわたし、全然うれしくないですよぉ……!」


 ずっとおそばにいたかったのに。


「アルティア様ぁ……っ!!」


 こんな結末、あんまりだ。



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