第42話 夜会



「お嬢様方、こちらへどうぞ」


 燕尾服を着た影がお辞儀をし、それから流麗に手を差し向けた。

 案内されるがままに、アルティア様の後ろに従って、リアラは部屋の中央へ歩いた。ヒールの底に、しっとりとした絨毯の感触が伝わる。

 これほど豪華なお部屋をリアラは見たことがなかった。

 厩舎塔の中よりもきらびやかで、黄金を惜しみなくあしらっているせいか、調度品の一つ一つがいちいち眩しい。頭上には、とんでもなく大きなシャンデリアが吊るされてあり、大の大人が両手を広げても届かないくらいだ。


「わたし、こんなお召し物、初めてです」


 リアラは自分の真っ白なドレスを摘み上げた。


「似合ってるわ、リアラ。すっごく可愛い」


 そう言って両手を握ってくるアルティア様は、真っ赤なドレスに身を包んで輝いていた。髪の毛は編み込んでまとめ上げられており、派手な髪飾りに負けないくらい華がある。


「うう……緊張する……」


 リアラはお腹が痛くなってきた。

 自分が魔族様の夜会に参加するなんて、場違いに思えて仕方がない。


「夜会って何をするのかしら?」


 詳しいことは、魔族様からは何も聞かされていない。



     *



 全部で三階席まであるホールの壇上で、赤いスーツの悪魔が両手を広げた。


「夜会へようこそ、観客の皆様。愉しい一時をお過ごしでしょうか」

「キャー!! ジョーカー!! 今日も素敵よー!!」


 観客席から、雨のような歓声が降り注ぐ。

 見渡す限り、魔族・魔族・魔族だ。

 フォーマルな正装に整えた魔族たちが、一階から三階までひしめき合っている。


「温かい声援、ありがとうございます」


 ジョーカーは腰を折るようにしてお辞儀した。


「では、本日最後のメインイベント」


 ジョーカーの言葉を待つように、ホールはしんと静まり返った。


「〝加工の儀〟です!」


 だがそれも束の間、大歓声が爆発した。



     *



 リアラの全身に声の塊がぶつかってきた。

 思わず身をすくめる。

 先ほどまで夜会の控室にいたはずなのに、全身を包んだ雲みたいな影が晴れると、どういうわけかホールの中央に立っていた。

 転移、というやつだ。

 そしてリアラはさらに身をすくめることになる。

 無数の魔族様の双眸が、全方位から自分たちを見ている。壇上の下の一階席からも、壇上の上の二階席や三階席からも、好奇の視線で射抜かれる。

 すべて、この国の支配者たちだ。


「さっそく飼育された家畜を紹介しましょう」


 司会役を努めているのか、中央の赤いスーツの悪魔が、観客に向けて声高らかに言う。

 この悪魔のことは、王都の雑誌に載っていたから知っている。

 芸能界の看板悪魔、〝林檎かじりのジョーカー〟だ。


「この十名が、見事1万ポイントを達成し、希望を成熟させた家畜たちです」


 リアラやアルティアの他にも、豪華に着飾った男女の姿があった。

 自分たちを合わせて、合計で十名。

 何人かとは控室で挨拶を交わしたが、みんな希望ポイントを1万まで貯めた善良な国民だ。控室は軽い立食パーティー状態で、マーケットに行ったら何がしたいか、それぞれのやりたいことを話して盛り上がった。


「家畜の中でも、選ばれし十名。そして――」


 ジョーカーは続ける。


「この中で出荷されるのは、たったの一名」

「え……?」


 思考が消し飛んだ。

 言っていることの意味がわからなかった。


「果たしてどの家畜が、出荷の栄誉を賜るのでしょうか!?」

「ちょっと待て、どういうことだ!? 一人って……!!」


 家畜の一人が狼狽えたように言う。中年の男性だ。


「しー」


 目と鼻の先でじっと睨み、ジョーカーが唇に指を立てる。


「俺の司会を邪魔するな、家畜。殺すぞ」


 パァン。

 突然、男の頭蓋骨が破裂した。

 血がぶしゃっと床に飛び散り、リアラは反射的に後ずさった。


「観客の皆様、すみません。つい家畜のオスを殺してしまいました」

「まあ、ジョーカーったら!」

「ですが、これが一番手っ取り早い」


 ジョーカーはそう言って、怯える家畜たちに手を伸ばした。


「皆様、ご覧ください。これで家畜どもが、自分の置かれた状況を理解してくれました。互いを視認し、怯え、距離を取る。すでに予感しているのです」


 ジョーカーが死体の胸を踏んづける。


「これから、殺し合いになることを――!!」


 殺し合い。

 その言葉がリアラの頭でわんわんと反響する。


「よっ!! 進行上手のジョーカー!!」

「盛り上げの天才っ!!」


 一体これの何が面白いのか。

 頭がおかしいんじゃないか。


「こちらの映像をご覧ください」


 三体の影目玉がホールの壁に映像を投影した。

 そこに映し出されたのは、血みどろのホールと牧歌的な街並みだ。


「第一回〝加工の儀〟から現在までのダイジェスト。そして、出荷された人間が住まうマーケット。まさにここは天国と地獄の境界線。この苦難を乗り越え、心の傷を抱えたマーケットの民も、今や笑顔を取り戻しています!」


 人間の顔が、でかでかと映し出される。何人も、何人も。


「〝加工の義〟で素晴らしい殺し合いを披露してくれた元家畜たちです!」


 加工の儀の悲痛な表情とマーケット生活の笑顔の対比で、吐きそうになる。


「懐かしいなぁ……!!」

「元気でやっとるようだね」


 一体何のために、希望ポイントを貯めたのか。


 ――遠い国で、二人でのんびり過ごしましょうよ。


 こんなことなら、貯めなければよかった。


「死線の先に希望あり。されど、希望の横に絶望あり」


 ジョーカーが歌うように言った。


「これより〝加工の儀〟……開幕です!!」


 歓声は鳴り止まない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る