第15話 最高のバカ魔族


「うえっ。鼻が曲がりますね」


 地下水路に充満する悪臭に、鼻を押さえて顔をしかめるリアラ。


「感動の再会で言うことがそれ?」


 アドはやれやれと首を振る。


「だって、無事だと信じてましたから」


 つぶらな瞳でまっすぐ言われると、それはそれでこそばゆくなる。


 西区の人数ひとかず少ない裏通り。そこに嵌め込まれてある鋳鉄製のマンホールを潜り、かんかんと足音を響かせてハシゴを降りると、水流の激しい地下水路へ辿り着く。


 ここが、ダグラスが集合場所に指定したこの街の死角だ。


「影目玉の数が激減しましたけど、アドくん何かしました?」

「魔族の間で、ボクたちは死んだことになってる」

「はい?」

「反逆者を処理した、と嘘の報告をさせた。監視が通常に戻った理由はそれだ」

「はい?」


 リアラが可愛らしく混乱している。


「嘘の報告をさせたって、どうやって?」

「サマーがやった」


 アドがサマーに目を向けると、


「……ん? んんっ?」


 リアラが何度もジト目を瞬きする。


「わたしの気のせいでしょうか、人数が増えてる気がするんですけど」


 リアラの視線は、腰に手を当てる女悪魔に向かっていた。


「彼女はサマー。ボクの友達だ」

「うわぁ……また綺麗な人……」


 絶世の美魔に対し、思わずリアラが感嘆の息を漏らす。


「ふーん……」


 サマーが後ろ手に組んで、リアラの周りを歩き回り、リアラの外見を興味深く観察する。


「おめめぱっちり、まつげ長い、お鼻きれい、お顔ちっちゃい……」


 たじたじになっているリアラの正面でぴたりと止まると、両肩をぐっと掴んできらきらと目を輝かせた。


「あなた、すっごくカワイイね!」

「い、いえ、そんなこと……」


 リアラは照れて赤くなる。


「男の落とし方、教えてあげよっか?」

「えっ? 男っ?」


 予想外の提案にリアラが飛び上がる。


「いいですいいです! わたしに色気なんてありませんから!」


 慌てながら必死に否定するリアラ。


「わかってないなぁー。成長途中は、需要があるだよぅ?」

「需要!?」

「攻め攻めの服いっぱいあるから着てみる? リアたんが着るとギャップ萌えがすごくて、パパ活がすっごく捗ると思うんだぁー?」

「パパ活!?」

「サマー、あまりリアラをからかうな」


 アドが間に入って止める。

 このままだとリアラが驚き疲れてしまう。


「私ならリアたんを悪魔界一のアイドルにプロデュースできる」

「しなくていいです!!」


 耳まで真っ赤にして、リアラがぴしゃりと言った。


「ほら、サマー。あそこでウィンターが暇そうにしてるよ」

「アド……!」


 サマーをリアラから引き離すため、視線をウィンターに誘導すると、殺気のこもった眼でキッと睨まれた。


「あれれー? 冬子せんぱぁい、地味過ぎて地下のカビかと思いましたよぉ?」

「近づかないで」


 サマーは本当にウィンターのことが大好きだ。


「で、魔族の商人の件はどうなった?」


 今度は作戦の肝となる魔族の件だ。


「一応、候補はいましたけど……」


 リアラが言おうか言わまいか逡巡している。

 何だか、不安そうだ。


「どんなやつ?」

「まだ店を構えてなくて、王都の広場で露店商をやってるみたいです。本当に商人と言っていいのか……大丈夫ですか?」


 成功の味を知らない弱小露店商か。

 目のつけどころはいい。問題は――


「頭は悪そうなの?」

「それはもう、この上ない馬鹿です」


 それだけは、リアラは自信満々に言った。


「なら大丈夫だ」


 アドも自信満々に言って返す。


「サマーはどんな男でも虜にするサキュバスだ」


 サキュバスはサキュバスでもサキュバスクィーン。

 魅惑の魔力は随一だ。それを伝えると、


「だから高貴な感じがしたんですね。姫ギャルです」


 リアラが一人で納得し、謎のジャンルを付与した。


「彼女の魅了の魔術は、あらゆる男を惚れさせる。馬鹿なら尚更だ」

「アドくんの注文は、そういうことでしたか」


 リアラにもアドの意図がわかったようだ。

 魔族を味方につければ、こそこそ隠れる必要もなくなる。


「キャー!! なにこの猫!! 激カワ~~!!」

「吾輩は黒騎士のジル。この世で一番可愛い」


 サマーの腕の中で、サマーみたいなことを、隻眼の黒猫が言い放つ。


「ジルはわたしの」

「ちょっと冬子せんぱい、私が先に見つけたぁ~!」

「痛い痛い! 吾輩がちぎれるぞ!」


 ジルの両腕をウィンターが、両脚をサマーが掴んで、引っ張り合っている。


「放して。ジルがかわいそう」

「冬子せんぱぁい、ふんがふんが、鼻息荒いよぉ?」

「痛い痛い! 猫背が伸びる! 伸びてしまう!」


 じとーっとリアラがこちらを見上げた。


「ジルくんに魅了されてますけど、ほんとに大丈夫ですか?」


 アドは聞こえぬふりをした。




     *




「あの魔族です」


 曲がり角にある建物の陰から、リアラがひょこりと顔を出し、大通りの魔族を指差した。指の動きに合わせて、アドの視線が誘導される。そこにいたのは、石の体にびっしり黒い毛を生やした、筋骨隆々のガーゴイルだった。


 翼を広げたガーゴイルは、風を切るように闊歩する。


「今日もお日柄がいいな家畜共!! 絶好のカツアゲ日和だ!!」


 石造りの店舗の前で立ち止まった。

 扉の上の看板には、茶色いカバンの絵が描かれてある。


「メ、メニエル様……!」


 慌てて平伏した家畜が、動揺を隠しきれず、両手をぶるぶる震わせる。

 作業用のエプロンを着ていることから、どうやらこの男は店の店主、あるいは職人だと判断する。

 作業途中であったのか、手には細身の金槌となめした革が握られていた。


「俺様を誰だと思ってる!! 天地雷鳴のメニエル様だ!!」

「え、ええ……先程そう申し上げましたが……」

「おん? そうだったか? さてはお前……俺様のことが好きだな!?」

「は、はあ……」


 作業着の家畜は、金槌を打つのは得意でも、相槌を打つのは下手だった。


「そんなお前に朗報だ! 今月の貢物を受け取りにきたぜ! 喜べ家畜、ギャハハハハ!」


 耳障りな哄笑。


「今月って……! 昨日もお越しになったではありませんか……!」


 怖いもの知らずか、頬を引きつらせるも、家畜が気丈に言い返す。


「おん? そうか? うーん、思い出せねえ……」

「思い出してください。昨日、差し上げましたよ」

「うーん、そうか……。さてはお前、ラッキーだな! 二回も貢げて!」

「え? 何をおっしゃって――」

「さっさと持ってきやがれ!! 天地雷鳴の命令だ!!」

「ぐあっ!」


 家畜の土手っ腹にガーゴイルの足が減り込んだ。血液混じりの吐瀉物が吐き出され、路面の色を一層濃くしていく。うずくまって苦悶に顔を歪める家畜は、蹴られた腹の痛みにじっと耐えている。


「ギャハハハ!! おもしれぇ鳴き声だなお前!! もう一度聞かせろ!!」

「お、おやめください。すぐにお持ちしますから……」

「おん? 何をだ?」

「貢物ですよ……!」

「おう、そうか!! そうだったな!! ギャハハハ!! 忘れてたぜ!!」


 何しに来たんだよ。

 よく忘れられたな。


「ああやって家畜が作った工芸品をカツアゲして王都で売り捌いてます」

「いいね。実にいいチョイスだよ、リアラ。お手本のような馬鹿だ」


 これ以上の逸材はなかなかお目にかかれない。


「サマー、あの悪魔を落とせる?」

「びょーさつ!」


 サマーが片目を閉じて指ハートで応える。


「アドくんって、面食いですよね」


 じとーっとリアラがサマーとウィンターを交互に見やった。


「まあサマーに関しては、顔で選んだ。もともとは貴族ウケを狙ってたんだけど、結果的にどの層にもウケた。中身はともかく、見た目は最強だ」


 あの愛らしい瞳で見つめられたら、どんな男でも心が掻き乱されてしまう。


「アドくんも……?」

「手持ちの死体の中では、一番好みだよ。アレに惚れない男はいない」


 嘘を言っても仕方ないので、正直に答えた。

 死体に限らず、出会った中で、最も愛くるしい存在だと思う。


「対象が離れてる。あっち行って」


 ウィンターがサマーをしっしっと払う。

 ガーゴイルが家畜から革のカバンを奪い取っている。


「ギャハハハ!! 悪いな家畜!! こんなに貰って!! 次から月二回な!!」

「そんな……! がっ……!」


 家畜を突き飛ばしたガーゴイルが、足取り軽やかに上機嫌で歩き去る。

 謎の鼻歌がここまで聞こえてくる。


「接触だ、サマー。魔族が消える」


 標的はあの魔族で申し分ないだろう。


「もぉ~、しょうがないなぁ~!」


 全身が攻め攻めの小悪魔コーデで、サマーがヒールの音を鳴らして歩く。


 一般的に言えば確かに、肌の露出が多いほうが魅了の魔術は成功しやすい、と言われている。だがサマーに関して言えば、まったく露出のない格好だったとしても、必ず魅了できてしまう。


 完成された目、鼻、唇。透き通った肌。黄金比の骨格。


 あの顔面があれば、男は誰しもサマーを自分の女にしたいと思い、抱きしめたい衝動に駆られ、あわよくば唇を奪ってみたいと熱望する。


 なので、何でもいい。サマーは最強だ。



     *



 絶世の美少女サマー。

 相対しているのは、メニエルというガーゴイル。


 先ほどからちらちらとサマーの太ももを眺め、細く締まった腰つきから視線を上にずらし、柔らかそうな胸元の膨らみで急停止する。完全に鼻の下を伸ばしており、アドが物陰から遠目に見ても、完全に籠絡されているのがわかる。


「王都行きの切符を三枚だな!」

「用意できる?」


 サマーはぱっちりとした目で、魔族の瞳の奥を見つめる。


「俺様、がんばる!」


 メニエルは自分の胸を叩いた。健気だ。


「その代わり今度、俺様と飯に行かねえか?」

「えー、めんどくさい。考えとくケド」

「くぅ~~! たまんねえぜ!!」


 メニエルが両手で頭を搔きむしり、サマーの愛くるしさに悶え苦しむ。


「これが魔性ってやつか!! 魔性ってやつなんだな!?」


 空に向かって、「好きだ!!」とメニエルが叫ぶ。

 うるせえ。


「オメエみたいな悪魔は、出会ったことがねえ!」

「そんなあなたは、まるで天地雷鳴ね。天地雷鳴の男」


 ちょっとなに言ってるかよくわからない。


「ぶほ……!! 俺様、どっきゅんハートだぜ……!!」

「切符、忘れないで。お願いね」


 サマーの人差し指がメニエルの胸元に軽く触れた。


「わ、わかったぜ……!」


 メニエルは急に前かがみになり、太ももの内側をくっつけた。

 サマーに触れられると、性衝動に駆られるのだ。


「切符を用意してくれたら、ごはんに付き合ってあげてもいいかも?」

「なんだと!? 俺様、超がんばる!!」


 ガーゴイルは健気に張り切った。


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