第33話 聖女は過去を克服する

 黒魔女ローザの右手には大きな矢傷ができて、大量の血が流れていた。


 相当の激痛があるはずなのに、黒魔女は一切顔に出さなかった。


「地球という星の巫女は魔力も相当強いのですね。こんなわずかなかすり傷とはいえ、私の体に傷を負わせて、ほめてあげるわ‥‥

 

‥‥しまったわ。まさか、あんな力で反撃されるとは。不思議な力ね。でも、ほんの少しのかすり傷、少しも痛くない」


 カタリナの心と同化して、これまでの悲劇を全て知っている月夜見は激怒した。


「あなた!! カタリナが受けた心の傷はとても大きなものだったのよ。あなたが今やせ我慢している体の傷の数万倍もの痛みなの。わかりますか!! 」


「私は黒魔女として、当然のことをしたまで。カタリナさんが自分の中にある魔力を発現することができず、自分の父母を守れなかっただけよ‥‥


‥‥白魔女、聖女は黒魔女の仇敵。それに、初めてこの娘を見た時から私はこの娘に魅了されてしまったわ。この娘が苦しみ死んでいく姿を見ることこそが最高の快感」


「そうなの。かなりの変態ね。あなたの妹があなたのことを心配していたけれど、少しの同情の余地もないわね。さあ、カタリナ。どうするの? 」


 月夜見は、カタリナに問い掛けた。


 謁見の間の大広間にいた多くの誰もが、彼女が復讐を選ぶだろうと思った。


「ローザよ。カタリナと戦うのならば、この王宮の中庭で戦うがよい。この大広間は戦いの場としては狭く、しかも多くの家臣達もいる。中庭で戦え」


 黒魔女ローザが言った。


「皇帝陛下、わかりました。中庭を戦いの場といたしましょう。ところで、今日、お集まりの皆様のために、このような仕掛けにしたらどうでしょうか。ロゼ! 」


 彼女は妹の名前を呼んだ。

 すると、壁際の空間がゆがみ、黒魔女ロゼが現われた。


「スクリーン」


 大広間のどこからも、よく見える位置にスクリーンが現われた。

 そして、すぐに、広大な中庭が映しだされた。


 そこは時々、近衛兵の軍事教練もできるような広さだった。




 ロメル帝国王城の広大な中庭に、2人は距離をとり相対していた。


 人間を守る聖女、白魔女カタリナと魔界の魔族、黒魔女ローザだった。


「さあさあさあさあ、カタリ――ナ、私の最高の瞬間ね。今度は逃げるのは止めなさいよ。とりあえず御挨拶。『地獄の炎』」


 ローザがそう詠唱すると、カタリナが炎に包まれた。


 しかし、その瞬間、カタリナの声がした。

「生命の炎」


 カタリナは太陽のように輝き、暖かい光に包まれた。

 ローザの炎は全て打ち消され、消滅していた。


 カタリナは微笑んだ。


 そして、彼女を覆っていた暖かい光り消えた。


「やるわね。もともと、炎属性は白魔女の方が強く得意なのよ、それでは私の方が得意な分野ではどうかしら。『深淵の冷酷』」


 ローザがそう詠唱すると、カタリナが氷に包まれた。 


 しかし、その瞬間、カタリナの声がした。

「真実の冷静」


 カタリナは月の光のように輝き、心をいやす光に包まれた。

 ローザの氷は全て打ち消され、消滅していた。


 カタリナは微笑んだ。


 そして、彼女を覆っていた月の光りが消えた。


「なになに―― それなによ。冷たさは極限まで冷たいことに価値があるのよ」


「いえ。違いますよ。冷たさは自分の心のことです。辛いことや悲しいことを冷静に見て、真実を知ることに価値があるのです。そして、決して絶望しない」


「よくわからないわ。だけど、カタリ――ナ、あなた最高ね。たぶん、これまでの歴代で最も美しく、素敵な白魔術を仕える聖女じゃない」


 そう言った後、黒魔女ロゼは心の底から笑った。


「あなたを殺したらどんだけ快感。魔王リューベ様やあのバカ皇帝の命令ではなく、私、自分のために最高の瞬間が訪れるわ」


 その言葉を聞くと、聖女カタリナの顔は最高に険しくなった。


「ローザさん。わかりました。あなたは、自分がもっている魔力量の多さに耐えきれず、精神が病んでいます。それに私は、妹ロゼさんの切実な気持ちも知っています」


「なに!! この戦いの場でロゼの名前をなんで出すの!! 」




 王宮の大広間では、スクリーン魔術を使いながら、その様子をロゼが見ていた。

 彼女は心配そうにつぶやいた。


「お姉様‥‥‥‥ 」




「もう最後にしましょう。私は黒魔女ローザとして、魔界に生まれた黒魔女の最高奥義であなたを攻撃するわ。あなたは、絶対に死ぬわよ‥‥


‥‥闇の深淵に生まれ闇に仕える黒魔女が申す。闇は最強。全てを包めば絶対。宇宙のほとんどを支配す。か弱き光りを包み消し去れ――『ディナ』」


 次の瞬間、カタリナは最高に濃い黒色に包まれた。


 そして、その濃い黒色はみるみるうちに小さくなり、ほんの小さな点になった。


 そして、最後には消えてしまった。




「お――――っ」


 大広間でスクリーンを見たロメル帝国のたくさんの家臣団から声が上がった。


 みんな、聖女カタリナを応援していた。

 1人を除いて。


 皇帝マクミランが叫んだ。


「すばらしい。でかしたぞ、ローザよ」




 しかし、何も無いように見える場所から、カタリナの声がした。

「エーテル」


 やがて、小さな光りの点がそこに現われ、やがてそれは多くの光りの点になった。


 光りの点は限られた場所で超濃密に現われた。


 そして、そこから聖女カタリナは飛びだした。


 カタリナは、とても優しく微笑んでいた。


「ローザさん、あなたの最高奥義を破りました」


「カタリナ。余裕ね。さあさあさあさあ、私を殺しなさい。あなたに殺される瞬間は、私にとって、最高の快感になるでしょう」


 それを聞くと、カタリナは大きく首を振った。


「いえ。そんなことはしません。私が今できる最高のことをします」


 その後、カタリナの灰色の瞳は、とても強く月の光のように輝いた。


「ローザさん。あなたを許します。そしてこれからは、あなたの最高の友人です


「えっえっえっえっ カタリナ!!!! 何を言うの‥‥‥‥ 」

 そう言った後、黒魔女ローザは最高に微笑んで、そして意識を失った。




 その場に崩れ落ちた黒魔女ローザを優しく見た後、カタリナは空の1点をにらんだ。


「魔王リューベ。あなたは、ローザさんに魔術をかけていたわね。私を殺すことを使命として、私を殺すことを最高の快感に感じるよう」


 すぐに、空の1点から雷鳴にような声で返事があった。


「さすがに、歴代最強の聖女だな。そこまでわかるのか。1人の人間ごときに、我自らが手をくださなければならないとは。まあいい。聖女カタリナ消えろ」


 魔王リューベは、はるか魔界から聖女に向けて消滅する剣を振った。



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