第32話 聖女はあの場所に帰還した

 カタリナ、神宮悟じんぐうさとる月夜見つくよみの3人は進んだ。


 ロメル帝国の王都はすっかり変ってしまっていた。


 かって、多くの人々が行き交ったメインストリートには、人っ子1人いなかった。


 道沿いの家家は扉を固く閉めていた。


 神宮悟が言った。

「誰もいませんね」


 カタリナが悲しそうに言った。

「ほんとうに激変してしまいました。私は多くの人々が行き交うこの街が大好きでした。活力ある人々の姿を見るだけで、心が元気になりました」


「みなさんは家の中に閉じこもっているのでしょうか」


「もしかしたら、郊外で強制労働させられているのかもしれません。なにしろ、マクミラン皇帝は、自分の国民達を魔族の奴隷にしてしまいましたから」


 しばらく王城に向けて王都を進んでいくと、1人の老婆が扉の前に椅子を出して座っていた。


 老婆はぼおっとしていたが、3人が近づくと非常にびっくりしたようだった。


「悪いことはいいません。この国から早く出ていきなさい。強制労働させられてしまいます」


「おばあさん。そうすると今、この王都の住民の人々は強制労働させられているのですね」


「はい。すっかり魔族の言いなりになってしまった皇帝のせいです。常に食糧不足になっている魔界の魔族のために新鮮な野菜、穀物、肉を生産しているのです」


「全部魔族にとられるとすると、国民の皆さんは何を食べているのですか? 」


「人間のための食糧はほとんど残りません。最低限の食糧で毎日働かされ、みんなフラフラです。ところで、私はあなたのお顔を知っています」


「えっ! 私のことを!! 」


「マルク侯爵家のカタリナ様ですね。とても小さな頃から、あなたは将来の聖女、国民の希望でした。あんなに辛く悲しい事件があっても見事に立ち直られたのですね」


「すいません。私がこの国に帰るのが遅くなってしまいました。もっと早く帰ってきて、皇帝が魔族と通じ合うのを食い止めなければなりませんでした」


 カタリナがそう言うと、老婆はとても真剣な顔をして微笑みながら言った。


「私はもう年老いて目が悪いのですが、今、私の目の前には希望の光が見えます。とても気高き紫色、聖女のオーラです」


 そう言って後、老婆は両手をカタリナの方に差し出し、その顔をつかんだ。


「決して遅いことはありません。むしろ、こんなに早くこの国に帰還していただきありがとうございました。どうぞ、この国をお救いください」


 カタリナには、長年の苦労でしわくちゃになった老婆の顔が涙に濡れるのを見た。




 その時だった。


 大きな警報が鳴り響いた。


 それは、王都の中を巡回していた魔族の監視団だった。


 さまざまな魔族で構成された10人ほどの集団だった。


「おまえ達、労働しないで何遊んでいるんだ。その老婆、軽作業でもいいから働いて魔族様達のために何かを生産しなければいけないぞ。奴隷なんだから」


「言い過ぎですよ」

 神宮悟じんぐうさとるは怒りを込めた強い口調で言った。


「なんだお前、騎士のようだな。この国では人間が剣をもつことを固く禁じている。剣をよこせ。その後、俺たちが始末してやる」


「この剣は渡しません。この剣は、人間をあなた達魔族から守るためにある聖剣です」


「なんだ、この人間は変だ。不審者は殺害してもよいという許可を皇帝から得ている。こいつらを殺害してしまえ」


「カタリナさん。みなさんを守ってください」


 悟からそう言われると、彼女はすぐに結界魔術で自分、月夜見、老婆を包んだ。


 そのことを確認した後、神宮悟じんぐうさとるは聖剣護国を抜いた。


「あなた達はたいした強さではありませんね。人間の力を思い知るがよい。5秒で片付けます」


「5秒だと。何を言う。みんな逆に5秒でこいつを殺してしまえ」


 魔族達は一斉に神宮悟に向かって襲いかかった。


 彼は聖剣護国を振った。


 5秒もかかわらなかった。


 それは光と同じ速さで、魔族達を切断した。




 3人は老婆に別れを告げ、王城に向かった。


 そこはカタリナにとって何回も来たことがある場所であり、2度と想い出したくない、辛く悲しい事が起きた場所だった。


 3人が着くと、王城の追手門は完全に開かれていた。


「魔女ロゼが言ったとおりですね。私達の訪問が予期されています」


「カタリナ。大丈夫」

 月夜見がとても心配して、カタリナの手を握った。


「ありがとう。大丈夫です。私には2人がついているから」


 王城の入口には、衛兵が2人立っていた。


 そして、よく知っている内務大臣が待っていた。


「カタリナ様。よく、御帰還されました。御案内致します」


 2人は内務大臣の後について歩き始めた。


 やがて、皇帝の命令で多くの家臣達とその家族が呼び集められている王宮、謁見の間の大広間に入った。


 あの時、あの場面から、もう2年が過ぎていた。


 カタリナは心の中でつぶやいた。


「お父様。お母様。カタリナは今、戻って参りました」


 とても広い大広間の中、3人は赤絨毯の上を皇帝の玉座の前についた。





 皇帝が告げた。


「カタリナよ。はるばるの帰還大儀である。どこに転移していたかは問わないが、その横にいる2人がいる世界なんだな」


「皇帝陛下。私はとても幸せでした。神のお導きで、この2人が住む世界に転移し、この2人に助けられて立ち直ることができました」


 皇帝の玉座の横に座っていた黒魔女ローザが言った。


「カタリナさん。見事に御帰還されたのね。おめでとう。今感じるのだけれど、すっかり聖女、白魔女としての魔力が発現しているのね。きれいな紫色のオーラ―― 」


 黒魔女ローザはしばらくカタリナのオーラに見とれているようだった。


「ところでカタリナさん。紹介してちょうだい。あなたの横にいるお2人とは、今回初対面なの」


 そう言われてカタリナは2人のことを紹介しようとしたが、月夜見がそれをさえぎった。


「自ら自己紹介致します。私はこの世界から無限の距離、時間、次元を超えた場所にある地球という星の世界で神に仕える巫女です‥‥


‥‥カタリナさんは私が守る神社、分かりやすく言うと神殿に、ある日、転移されてきました。それから彼女は辛く悲しい自分の運命を乗り越えて、‥‥


‥‥聖女の魔力を発現させました。もや彼女は無限の魔力をもつ、全ての世界で最強の白魔女です。あなた、早く彼女に懺悔なさい」


「神に仕える巫女のくせに礼儀を知らないのね」


 その瞬間、魔女ローザの 赤い瞳、その瞳が不自然な光を放った。


 不思議な光がカタリナに向けて放射された。


 その瞬間、月夜見の体が月光に包まれ彼女の体をガードした。


 次の瞬間、月夜見はその手で、魔法の矢を何本もつかんでいた。


「礼儀知らずなのはあなたね。はるか遠くの世界から来た客人に、このようなことをするなんて。それに、この矢は弱々しいわ」


 月夜見はつかんだ矢を無造作に折り、その後、黒魔女ローザを強くにらんだ。


 すると、月の光りに輝いた矢が放たれ、それをつかもうとした黒魔女ローザの右手に突き刺さった。





 











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