第8話 あなたは現世の最終守護者だった

 カタリナと月夜見は、山道からそれた脇道の向こうを見た。


さとる!! 」


 月夜見が大声を上げた。


「えっ!! あの方は!! 月夜見は知ってるの? 」


「うん。よく知ってるわ。私と同じ一族――わかりやく言えば『いとこ』ね」


「そうでしたか。月夜見のいとこさんでしたか」


「あ――――っ!! もしかしたら、あなたのことを『神秘的に美しい』と言った男の子って‥‥ 」


「そうです」


「ふ――――ん 考えて見れば、合点がいくわ‥‥それどころじゃないわ、今、緊急事態ね。でも、もう、大丈夫よ」


 それから、月夜見は神宮悟じんぐうさとるに向かって叫んだ。


「早く、ここに来て構えなさい。この世界の最終守護者として、最初のおつとめを果たしなさい」


「ねえさん、お願いします。4つのくさりをはずしてください―― 」


 さとるがそう言うより早く、月夜見は詠唱を始めた。


「ふるべゆらゆらとふるべ、ひーふーみーよー、4つ鎖、はずれよ」 


 神宮悟じんぐうさとるの両手・両足の先の一部が緑色に光り始めた。


 さらに、緑色の光りは彼全体を包んだ。


 やがて、光りは消えた。

 すると、神秘的な鎧を着て緑色の剣を持った彼が現れた。


 瞬間的に、暗黒騎士ゾルゲが降りてきたすぐ前に現れた。


 カタリナを守るために、前に立ちふさがった。


 悟と暗黒騎士ゾルゲは対峙した。


「ほう―― 下等なものばかりの世界だと思っていたが、高度の存在もいるのだな。敬意を表そう、名前を教えてくれ」


「私は、現世の最終守護者。神宮悟じんぐうさとると申します」


「悟か―― お願いだから、そこをどいてくれないか。けいと戦う理由は全くない。私はただ、卿の後ろにいる女を殺したいだけなのだ」


「私には戦う理由があります。私はこの世界に生きる全てを守る義務があります。それに、この聖女様はつらく悲しい経験をなされています。個人的にも応援したい」


 この言葉にはカタリナは驚いた。


「えっ まだ1回しかお会いしていないのに、私のことをなんで知っているのですか? 」


「カタリナ、ごめんなさい。私達一族の1人1人が感じ知ったことは、一族全員の心の中に共通認識されるのです」


「そうなんですか。私を応援してくださる方だったとは」


「たぶん。あなたと話したくて、木霊の山道にわざと倒れていたんだわ。ただ、本人と直接会ってびっくりしたのでしょう―― 『神秘的に美しい』なんて!! 」


「悟さんは強いのですか」


「大丈夫よ。あの子は生まれてすぐに。能力を抑え、さらに増大させるために、恒星の鎖を4つも両手・両足にかけられたの」


「恒星の鎖? 」


「そうよ、生まれてすぐに無限の宇宙に存在する4つの巨大な恒星につながり、恒星のエネルギーを制御することを続けていたの。最初は全く動けなかったわ」


「えっ 生まれてすぐって!! 」


「赤ちゃんの時から、必死に生きていかなければならなかったの。もちろん、おばさんやおじさんは、かわいいあの子が笑ったことを見たことがなかったわ」


「‥‥ 」


「少し大きくなっても、他の子供達のように活発に動き回ることができなかったわ。だから『のろま』っていうのが悟のあだなで、可哀想だった」


「‥‥ 」


「あの子は自分の運命を恨み、おばさんやおじさんに何回怒ったか!! 」


「私を助けるために、鎖をはずしていただけるなんて―― 」


「あなたは自分が前にいた異世界だけではなく、全ての世界に安らぎを与えることができる究極聖女。絶対に守るべき存在、私の詠唱に鎖が反応したから間違いないわ」


「それに、さとるはあなたの運命に深く共鳴したのよ。運命に抗うあなたを心の底から応援したいと思ったの」


(あなたを愛し始めているかもしれないわ)


「‥‥ 」


 カタリナの美しい灰色の瞳に涙がたまっていた。


「悟さんは勝てますか」


「勝たなければならないわ。これまでのあの子の苦労が報われるためにも―― 」



「参る」


 暗黒騎士ゾルゲが最初の一撃をみまった。


 悟との間合いは、光速の速さでつめられた。


 最強と最強の剣が激突した。


き――――――――ん


 最高波長の音が鳴り響いた。


 悟は、暗黒騎士の剣を完璧なタイミングで振り払った。


 再び間合いを開けてから、驚いた口調で暗黒騎士ゾルゲが言った。


「無限の次元、無限の時間に無限に存在する世界の中で、我の今の一撃を苦も無く返すことができたのはけいが始めてだ」


 暗黒騎士の言葉には尊敬の気持ちがこもっていた。


「我はもう1000歳。だから長い間、剣を磨くことができた。だが、けいは極めて短い寿命しかない生物。しかも若いな。20年生きたかどうかだろう」


 戦いの最中だというのに、暗黒騎士ゾルゲが悟に一礼した。


「頼む。この場から去ってくれ。卿の何倍も剣を磨くことができた我が、卿に勝つことは騎士道に反する」


 それを聞いた悟は微笑んだ。


 背の高い、巻き毛の若者の優しそうな大きな目が笑っていた。


「騎士様。おかまいなく。全力できてください。自分におごることなく、自分の力はよく知っています。騎士様に剣を磨いた時間は劣るかもしれませんが」



 様子を見ていた月夜見が、ぽつんと言った。


「そうね。愛するカタリナを見つけたあなたは最強ね―― 」



 暗黒騎士ゾルゲは再度一礼した。


「申し訳なかった。騎士と騎士との崇高な戦いの場で言うべきことではなかった。限定空間の中で戦おう。全力で、参る!! 」

 

 周囲に次元を隔てるバリアが構築された。

 

 暗黒騎士が構えた剣が、宇宙の深黒・絶対零度の気にそまった。


 流星群のような剣戟けんげきが始まった。


 悟は防御に守り、ただ受けていただけだったが途中で様相が変った。


 時々、攻撃の剣も振うことができるようになった。



 2人の剣は、何万回も衝突した。


 やがて、


 限定空間が消滅した。


 暗黒騎士ゾルゲは悟からかなりの距離をとるため、空中に飛び上がった。


「我は至高の存在を見つけた。我と同等な力をもつ騎士よ。今日はけいが守護者としての役割をしっかりとはたした。見事なり!! 」


 暗黒騎士は瞬間的に消えた。



 それを見て悟は安心したのか、その場に倒れてしまった。



「悟、悟。起きなさい」


 強い調子で彼は起こされた。


 いとこの月夜見が彼を抱き起こしていた。


「ねえさん。戦いはどうなったのですか」


「終わりよ。あなたは、最終守護者としての最初の役目をしっかりとはたしたわ」


「運がよかっただけです。たぶん力としては、あの暗黒騎士の方が上でしょう。だけど、不思議ですが、途中から暗黒騎士の剣に手加減が加わりました」


「ほんとう。気のせいじゃない。でも、いずれにせよいいじゃない。あなたはカタリナを守ったのよ。現世の最終守護者様、さあさあ、カタリナ―― 」


 月夜見がカタリナをせかした。


 カタリナはおずおずと、悟を抱き起こすのを交替した。


 2人は何も言わなかった


 灰色の美しい瞳と大きな優しそうな目が見つめ合い、微笑みあった。








 





 





 

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