第7話 暗黒騎士が聖女の命を狙う

 修行が終わり、夜、カタリナは月夜見つくよみと夕食を食べていた。


 とても気が合う2人は、この頃ワイワイと食事をするのだが今日は違った。


「ねえ。カタリナ、あなた少し変じゃない」


「えっ!! 」


 急に月夜見に指摘され、カタリナはびっくりしたような、かん高い声を上げた。


「さっきから、食事が進んでいないわよ。いつも健康そうに口を動かすあなたが。口を止めているなんて‥‥ ふふふふ、予想はつきますけど」


「今日は特別なことがあったの。木霊の山道の途中で、若い男の子が倒れていたのよ。とても背が高くて、優しさをたたえた大きな目がとても素敵で‥‥ 」


「やっぱりね。ところで、その若い男の子とはどんなことを話したの? 」


「剣士なのだそうよ。ただ、とても弱くて100連敗もしているそうなの」


「100連敗。まぐれや偶然が起きても勝てないくらい弱いのね。そうか~でも、そこまでいくと何かあるわね。ほんとうは最強とか――」


「そうそうそうそう だって可愛らしい巻き毛で、まるで天使みたいな容貌でした」


「お気に入りね。その男の子は、カタリナを見た感想を何か言わなかった? 」


「冗談だと思うのだけど。『神秘的に美しい』って!! 」


「えっえっ、もう一度。初対面のあなたに対して、なんて言ったの?? 」


「何回も言わせないでください。『神秘的に美しい』と」


「そう―― ところで、男の子とはそこで別れたの? 」


「神域の山道に入ってしまったことを恐縮しながら、山道から出て、行ってしまいました」


「あ――あ 再会するツテは作らなかったんだ。しかたがないわね。スマホとか持っていれば簡単だったのに」


「スマホですか? 」


「いいのいいの。無理な話よ。でも、なんとなく、あなたはその男の子と必ず再会するような気がするわ。なにしろ、カタリナは『神秘的に美しい』ですから!! 」


「何回も言わないでください。とても恥ずかしいです。でも、彼が山道から離れる時、私のことを何回も何回も振り返って見ていました」


「そう。もしかして、カタリナは木霊の山道で毎日修行をしていることを、その男の子に話したの? 」


「はい」


「チャンスは必ず来るわね」


「チャンス? なんでですか? 」


「女の子が初めて会ったのに、心を完全に奪われる男の子はなかなか現れないものよ。きっと、その人の存在が、これからあなたを力いっぱい支えてくれるわ」



 カタリナが転移した現世から、はるかな次元と無限の時間を超えた異世界だった。


 彼女が本来居るべきその異世界には人間界とは別に、魔界があった。


 魔界の魔王城で、魔王リューベが最強の暗黒騎士を呼んでいた。


「永遠の暗闇をもたらす暗黒騎士ゾルゲよ、今日は私から頼みがある」


「なんでございましようか。私は魔王様の覇道はどうをかなえる、最強の剣でございます。つつしんで御命令をお受けしましょう」


「おいおい、内容も聞かずにそのようなことを!! 」


「どうぞ。お気兼ねなく、おっしゃってください」


「お前の魔力の特性は反光り、反重力。だから、お前は無限の次元や永遠の時間の中を自由に移動することができる。だから、我が最大の敵を撃破してきてほしい」


「御意。その敵はどの次元、どの場所の世界に? 」


「このマジックパレットに位置を記憶させた。羅針盤として使うがよい。最強の魔力が覚醒しつつある聖女だ。すぐ向かってくれ」


「御意」



 このごろ毎朝繰り返す、カタリナのルーティーンだった。


 頂上の海見神社から階段を20段下り、鳥居をくぐり木霊の山道を歩き始めた。


 しばらくすると、カタリナの回りに異変が生じた。


 彼女の回りにだんだん集まっていた木霊が、瞬間的に全くいなくなった。


「あれ!! 彼らの霊気が全部消えた。なんで?? 」


 同時に空の様子が激変した。


 今まで、すっきり晴れた晴天だったのに、日の光をさえぎる暗闇が拡散し始めた。


 やがて暗闇は、空を完全に覆ってしまう巨大な影絵の騎士になった。


 平面な影絵の騎士は、カタリナに語りかけた。


「お前が聖女か。我が主人の御心を深く痛める敵だな。ほんとうに許せない。我は魔王リューベ様の剣、最強の暗黒騎士ゾルゲ。お前を消滅させるためにやって来た」


 そして、ゾルゲが剣を抜いたように空に映しだされた。


 剣は上段にある構えられてから、地上に向かって振り下ろされた。


 巨大な剣がカタリナを襲った。


 剣はカタリナに近づくにつれて、平面から立体に変った。


(もうダメ、お父様、お母様。申し訳ありません。お二人の仇を討つことができないまま。私も、お二人の元に参ります)


 カタリナは完全に諦めた。



 ところが、


 剣はカタリナに届くことはなかった。


 彼女が恐る恐る空を見ると、その理由がわかった。


 山の神域に無限にいた木霊達が集まって、彼女の直ぐ上に、楯を作っていた。


「木霊さん達!!!! 」


 カタリナは驚きの声を上げた。


 木霊達は笑っていた。


 無数の目がカタリナに向かって微笑みかけていた。


 暗黒騎士ゾルゲは怒り狂っていた。


「なんだ。最弱の小さな下等聖霊のくせに、数だけ多いのだな。下等な聖霊ごときが我が剣を受けるなんて許されることではない」



 その時、地上から強い口調の言霊が放たれた。


「そんな高い所から剣を振わず、地上に降りてきて剣術の戦いをなさい。卑怯者!! 強い騎士のカッコだけね!! 弱き卑怯者!!!!」


 カタリナの後ろから声がした。


 知らないうちに、カタリナのそばに月夜見が駆けつけていたのだ。


「許せないな!! それほど、愚弄ぐろうされたのは始めてだ。よし、地上に降りるぞ――、我が最強の剣術を見て驚愕きょうがくするがよい!!!! 」


 空を完全に覆いそうなくらい広大な暗黒騎士ゾルゲの影が、だんだん1つに集約され始めた。


 カタリナが月夜見に聞いた。


「月夜見‥‥ 女騎士だったのね!! 剣術が得意なんて、意外だわ!! お話の流れからするとチートでしょう 」


 彼女は振り返って月夜見を見た。


「えっ!! えっ!!!! 」


 月夜見がとても恐い顔をしていたからだ。


「全然―― 剣を持ったこともないわ‥‥‥‥ 」



 そうこうしているうちに、暗黒騎士ゾルゲは完全に一体の騎士の姿になった。


 そして、空の上から、ゆっくりと降りてきた。


 月夜見がポツリと言った。


「カタリナ‥‥ あの騎士、チートだわ。感じる。絶望的に強いわ―― 」


 絶望的に追い込まれた2人だったが、次の瞬間、救われた。


 とても頼もしい、力強い声がした。



「ああ―――― やっと、望んでいた戦いの時がきた。我が最強の力。異界から来た者を切り伏せ。美女2人を救うのは必然!!!!!! 」

 





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