目出し帽と銀髪

ロゼ

第1話

「ねぇ? あの人って?」

「あぁ、あいつ? 変なやつだから近付かない方がいいよ」


 教室の片隅にポツリと座る風変わりな人物に興味を持ったのは半年前。

 彼を「風変わり」だと言うのは私くらいなもので、周囲は「変なやつ」だとか「ヤバいやつ」だとか言い、近付こうとすらしない。


 彼がそう言われる理由は明白。

 彼の首から上はすっぽりと目出し帽で覆われており、そこに開いた目と口の穴から見える部分しか顔が見えないからだ。

 紺色のニット製の目出し帽は、目の部分の穴は白く縁取られており、口の部分は赤くなっている。


「あの人、何であんなの被ってるんだろう?」

「あんた、また気にしてんの? あんなの気にするだけ無駄! 入学してきた時からあーなんだから!」


 同じ時に入学してきたはずなのに、私は半年前まで彼の存在に気付いてもいなかった。あれだけ目立つのにおかしな話だが、本当に彼を知らなかったのだ。


「ねぇ? そういえばあの人はどうしたの? ほら、銀髪の」

「え? 銀髪? そんなやついた?」


 目出し帽の彼を認知する前まではいたはずの、銀髪が珍しい、とても整った顔をしたハーフのような男の子を思い出した。

 銀髪なんてとても目立つ髪色をしていたのに何故か存在感が薄く、クラスの誰とも話しているのを見たことがない変わった子だった。


 窓から差し込む日差しに照らされた銀色がとても綺麗で


「髪、凄く綺麗だね」


 と声をかけたら、とても驚いていたのが懐かしい。

 あの子はどうしたんだろう? 知らない間に転校でもしたんだろうか?


「君は僕が気持ち悪くはないの?」

「どうして? 気持ち悪くないけど?」

「……そうなんだ……変わってるね」

「君に言われたくはないかな?」


 あの時そんな会話をしたっけ。

 本当にあの子の髪は息を飲むほどに綺麗だった。

 日差しを浴びてキラキラと輝きながら、彼が小さく動くたびにふわりと揺れる。

 手触りの良さそうな柔らかそうな髪質で、仲が良ければ触らせてもらいたいほどに魅力的だった。


「何で誰も覚えてないんだろう?」


 また話す機会があったら、今度こそは髪に触れてみてもいいかと聞いてみるつもりだったのに……。


 目出し帽の彼はいつもあの銀髪の子がいた席に座り、彼と同じように一人で本を読んでいる。

 その姿が彼と重なって見える瞬間があるのだが、そんなはずはないと思う。

 だって彼は目立つのが嫌いだったし、入学してきた時からずっと目出し帽なんて被っていなかったのだから。


 今日も私は、日課のように目出し帽の彼を見ていた。

 目が合った瞬間、何故か彼が笑ったような気がした。

 小さく微笑み返すと、目出し帽の彼が帽子を外した。


「あっ……」


 そこにいたのは銀髪の彼。

 彼は唇に人差し指を当てて「シー」と言っている。

 コクコクと頷くと、彼は綺麗な顔をクシャッとさせて笑った。


「秘密ね」


 彼の口がそう動いた。


「分かった」


 声に出さないように口だけ動かして答えると、彼はまた嬉しそうに笑った。

 その笑顔に胸がドキドキと高鳴っていた。


「え?! ちょっ、ど、どうしたの?!」


 翌日、登校してきた私を、友達が驚いた顔をして見ていた。


「可愛いでしょ?」


 私は得意げな顔をしてそう言ったのだが、皆は少しずつ私から距離を取り始めている。


「おはよう」


 そんなことは気にせず、私は彼に声をかけた。

 私を見た彼は、少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに口は弧を描いた。


「おはよう。それ、似合ってるね」

「そう? 良かった」

「僕とお揃いだけど、いいの?」

「お揃いだからいいんじゃない!」

「そんなもん?」

「そんなもんよ!」


 私の首から上は、真っ白な目出し帽に覆われている。

 目の周りは黒い縁どりがあり、口の周りにはオレンジ色の縁どりがある。

 少し女の子らしさを出すために、右側頭部辺りには蝶のピンを刺してみた。


「やっぱり君、変わってるよ」

「君に言われたくはないかな?」


 目が合って二人で笑い合う。

 彼が風変わりなら、私も風変わりになろう。

 淡くときめき始めた胸は、きっと、恋の始まり……。

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目出し帽と銀髪 ロゼ @manmaruman

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