液体の背

十余一

液体の背

「猫は、どうやって背中の毛づくろいをするんだろうね」

 寒空の下、公園のベンチに男二人。僕は温かい缶コーヒーで暖を取りながら、何とはなしに尋ねた。冬の柔らかな陽射しの中で、サビ柄の猫が一心不乱に毛づくろいをしている。

「さあ……。猫って液体だし、背中まで顔が届くんじゃねえの」

 友人は僕の視線にならいチラリと猫に目をやると、さして興味もなさそうに吐き捨てた。犬派の彼は猫よりも手中にあるコンポタにご執心だ。缶底に粒が残らないよう苦心している。

「そうかなあ。さすがに届かないような気もするけれど」

「じゃあ、お前はどう思うの」

 こんなやり取りをしている間にも、猫は人間のことなんか気にも留めず毛づくろいを続ける。金色の目を細め、肉球の間から指先まで丁寧に。そして前足を使って器用に顔を洗うと、次は腹。ピンと伸ばした後ろ足が雲ひとつない空をく。

「自力で届かないから、他の猫にやってもらうんじゃないかな」

「猫にも恋人がいるというのに俺たちときたら」

「恋人とは限らないよ。親子や兄弟かもしれない」

 二人の間に悲観的な沈黙が横たわる。北風が落ち葉をさらった。

 自分でも虚しいことを言っている自覚はある。十二月ほど孤独を実感する時期はない。街が電飾で覆われようが、軽快な鈴の音が響こうが、咳をしようがしまいが、独り。

 ただでさえ寒々しいというのに、凍える風が心にまでみるようだ。甘さとは程遠い寂しさの中で、僕は甘ったるいコーヒーを飲み干した。

「帰るか」

 どちらともなく言いだし席を立つ。

 時を同じくして、猫が後ろ足の毛づくろいを終えた。そして背中の毛並みも整えようと顔を向ける。首をひねって、ねじって、よじって、そのまま体が傾きコロンと後ろへ転がった。

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