4-12

 恋は紫に語って聞かせた。犬養がおかしくなった理由は、呪われた戯曲にあるのかもしれないこと。彼にその戯曲を渡したのは、カルト宗教団体かもしれないこと。戯曲が公演されてしまえば、取り返しのつかないことが起こるかもしれないこと。

「彼がおかしくなったのは貴方のせいじゃなくて、カルト宗教のせいだと思います。信じがたい話だとは思いますが、頭に留めておいてくれませんか」

「ううん……信じる、私、信じます! だってそれなら、公演を中止しろって脅迫されたことも説明がつくもの! それに、誓が急に活動するって言い出したのは、私に電話してきた後だった!」

「電話?」

「誓が突然、最高の戯曲を手に入れたって電話してきたんです。それから急に劇団の復活を決めて。あの時は、元気になったんだなとしか思わなかったけど、その戯曲の呪いに突き動かされているとしたら」

 紫は涙を拭って恋を見つめ返す。

「私、できることは、ううん、例え無茶なことでも、なんでもやる」

「ありがとうございます。この先、桔梗さんにも」

「紫って呼んで、恋さん」

 ようやく彼女が、少しだけ笑った。

「……ありがとう。今、対抗策を探しているの。この先、紫さんにも協力してもらうことがあるかもしれない。できれば、巻き込みたくないんだけど」

「寧ろ、身内の問題に巻き込んじゃったのはこっちの方。私も、黄衣の王の写本を誓から持ち出せないかやってみる」

「無理はしないでね。ごめんなさいマスター。訳のわからない話をして」

 ようやく落ち着いた所で巽を見る。あきれているかと思ったが、意外にも彼は真剣な顔で聞いていた。

「俺も、宗教は嫌いだよ」

 一瞬、彼の顔に影が差した気がした。しかし、彼はすぐにグラスに水を注いで、紫の前に置いた。

「でも、どうして恋さんはカルト宗教のことを調べていたの?」

 巽から渡された水を一口飲んで、紫が問い掛ける。

「この際だから話すわ。黄衣の王の教祖が、あたしの昔の、恋人みたいなものなの」

 これには流石に二人も虚を突かれたような顔をした。

「そいつ、あたしには甘いことを言いながら、影で沢山の女の子達を奴隷みたいに扱ってた。あたしは何も知らずに、浮かれてたわ。全部知った時には、もう取り返しのつかないことになってた」

「だから、責任を感じて?」

「自己満足みたいなものだけど」

「でも、そんなの恋さんのせいじゃないわ」

「みんなそう言ってくれる。でもこれは、あたしが自分で納得できるかの問題なの。犬養さんが何を言われても、自分は未熟だと思っているようにね」

 そう言われると何も言えないのか、紫は何か言いたげにしていたが、黙り込んでしまった。

「それに実際、神威歌劇団に実害を出してしまった。やっぱり巻き込んだのは、あたしの方なのよ」

「でも、恋さんは悪い人じゃない。だって、こんなに優しいもの」

「俺もそう思うよ」

 恋にも水が入ったグラスを差し出しながら、巽が言った。

「ここまで人のために行動できる恋ちゃんに、罪なんかあるはずがない」

「そう言ってくれるのね」

 スーツのポケットの中で、携帯が振動したのがわかった。二人には気づかれないよう、一瞬確認する。メッセージが届いていた。差出人は、小田牧だった。

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