第二話 地獄のギロチン

 さて、不思議な事故が起きたのだ。



 要は、娘の綾の同級生、これは私の家の隣に住んでいるのだが……。



 この同級生の彼が、交通事故に遭い、約2週間の入院の後、退院してきたのだが、直後に異常に成績がUPしたのだ。



「事故で頭を打ってから、今まで、何処か、モヤモヤしていた頭がすっきりして、何でも簡単に一発で理解し暗記できるようになったんやちゃ」と言う話。



 今まで、クラスや学年で真ん中ぐらいだった成績が、急激に上昇。高校2年生の3学期に県内で行われた共通模試で、県内トップを取ったのである。



 あまりに不思議な話に、丁度その頃、不動高校のPTA会長をしていた鈴木隆正医師(鈴木医師は、X市内で、内科・心療内科・神経科の看板を出している、祖父の代からの医者である)に聞いてみたところ、



「医学的には、そのような事例は沢山あるよ。例えば、勉強恐怖症のような普通神経症に罹っていた人が、その神経症が全治し一挙に本人の能力が開花したという実例を森田療法の創始者である森田先生の弟子の方の著述で読んだ事がある」との簡単な返事。



で、この一躍、天才的頭脳を有する事となったのが、神尾雄一青年で、不動高校の奇術クラブの部長であり、今回の『地獄の学園祭事件』の当事者の一人なのである。



 さて、そろそろ本題、つまり『地獄の学園祭事件』の話に入らなければならないのだが、あまりに気持ちが悪くて、その話を書こうにも、なかなか筆が進まないのだ。



それは、『オリーブの首飾り』の軽快な音楽が流れるなか、不動高校奇術部の今回の出し物のメイン「地獄のギロチン」がスタートした時の事なのだ。



 奇術部のスタッフが舞台の袖から出してきたのは、その「地獄のギロチン」の大がかりな装置であり、全高2メートル、幅1.8メートルはあろうかと言う、大がかりなものである。



 次に、奇術部の神尾部長が、自身たっぷりに、舞台上の白いドレスを着た上戸久美に催眠術をかけ、「地獄のギロチン」の中に、首を入れさせたのだ。

 ワン、ツー、スリーのかけ声の下、神尾部長が、「地獄のギロチン」の横から出ていた紐を引くと、高さ2メートルの上から、銀色に光るギロチンの刃が落ちてきた。



 ガチン!と講堂中に響きわたる甲高い音、吹き出る鮮血、宙に舞う生首。



 そして、その生首を拾いに行ったのが、同じく奇術部に所属していた、この私の娘の田中綾だったのだ。

 綾ちゃんの弁によれば、その宙に舞った生首は、「地獄のギロチン」の中からスプリングで発射されるべき「玩具の生首」である筈だった。



 だが、恐るべき事に、私の娘の綾が手にしたのは、綾の親友でもあった本物の上戸久美の生首だったのだ。……娘の絶叫!



 ようやく、異変に気づいた神尾部長が綾のもとに駆け寄った。



「こ、これは、まさか、そんな!」と、神尾部長が大声で叫んだ。

 ようやく大勢の観客達も、異変に気が付いた。



 講堂中が騒然となった。警察を呼べ、救急車を呼べと怒号が飛び交う中、舞台上に人が集まってきた。

 大混乱がおきた。



 この一部始終を納めたビデオが、誰の手によってユーチューブやインターネット上に流されたのかは今でも判明していないのだが、事件の概要は大体がこんなものである。



 さっそく、テレビ、新聞、ラジオ、ネット等々で、この不動高校での事件が『地獄の学園祭事件』と報じられた。県警も『地獄の学園祭事件』として、事件と事故の両方からの捜査を開始したのだ。



 一私人である私には、その調査内容を知る事はできない。そこで、ショックで2~3日寝込んでいた娘の綾が、ようやく元気になってから、大体の話を聞く事ができたのである。



 すると、実に不思議な事が分かった。



 つまり、今回の事件は、客観的な事実だけからすると、どうしても事故にしか見えないのだが、今回の事件を取り巻く人間関係が実に複雑なのだ。

 まず、今回の事件に関係ありそうな主な登場人物を列挙してみると、次のようになる。



 山田実奇術部特別顧問……この人物は、国際アマチュア奇術大会で3位に入賞し、それが縁で、不動高校の奇術部の特別顧問となっている。

 


 中山忠正担任兼奇術部顧問……この教師は、私立の超一流大学を出ており、物理学の先生であるが、天才的頭脳を有するようになった神尾雄一奇術部部長に対し、異常な程の嫉妬心を抱いていた事は、クラスメート全員が認める程だった。



 平野均奇術部員……これも、怪しい人物の一人である。と言うのも、「地獄のギロチン」で首を切断された上戸久美に猛烈に惚れていたと言う。しかし振られた。

 しかも、先の中山顧問と同じく「地獄のギロチン」の大道具の製作に直接タッチしていたのだ。



 朝井雄一奇術部副部長……今回の事件にはあまり関係が無さそうなのだが、しかしそうでも無いのだ。何故なら、神尾雄一がいきなり学年トップに躍り出るまでの学年トップを維持していた人物であり、本来なら、自分が奇術部の部長でありまた学年トップと言う事で、女生徒達にもてた筈なのだ。

 そして、この朝井副部長も、「地獄のギロチン」の大道具の製作に直接タッチしてる。



 蟹沢亜紀……神尾雄一部長に大変に惚れ込み、将来の高級官僚か弁護士か医者になる事がほぼ間違いのない神尾に積極的にアタックを開始したのだ。

 校内の人気投票でも必ず、上戸派と蟹沢派に分かれる程なのだ。自分の美貌にも自信をもっているためか、ある時、わざと下半身の下着を着用せずに、神尾の前でしゃがみ込んで下半身を見せびらかし、神尾を誘惑したと言う程の噂の人物なのだ。

 そのあまりの過激さに神尾が激怒し上戸久美を選んだと言うのが、クラスメート達の意見であった。

 で、同じように「地獄のギロチン」の大道具の製作に直接タッチしてる。



 神尾雄一奇術部部長……一見ただの被害者のように見えるが、しかしギロチンの刃を銀メッキ製の硬質プラスチックでいいと提案した山田実特別顧問に対して、それでは真実味がないからそれに本物の出刃包丁を瞬間接着剤で貼り付けて使用しようと力説したのは、この神尾部長本人であった。

 しかし、危険だからこそ何度も何度も練習を繰り返し、その安全性を確認したと言う彼の主張も最もでもあった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る