3はじめてのデート!(保護者付き添いあり!?)

「それにしても……」

「ん? どうしたの、母さん?」

 みるくちゃんをじー、と見つめ、瑠未が眉根を寄せている。

「??」

 見つめられているみるくちゃんも、困惑を隠せない。

「これ、浩太の所の制服よね?」

「そうだね……」

「はっはっは! かわいいだろう? 瑠未さんも着てみ──」


 ぎぬる……。


「いえ、なんでもありましぇん」


 流石に巌の妻を18年も続けているだけの事はある。瑠未はその底冷えのするような視線だけで空気の読めないお調子者を黙らせた!


「流石にこれでずっとじゃ、かわいそうよね……よし、浩太、みるくちゃん、ショッピングに行くわよ!」

「あ、母さん?」

「お? おお?」

 言うが早いか二人の手を取ると、引っ張るように居間から出ていく瑠未。

「わ、私もついていっても……」

 巌のその言葉に、母の足がぴたりと止まった。


「ところで巌さん」

「はい?」

「みるくちゃんのお部屋って、どこですか?」

「それは──」

「あたしのお部屋はねえ……地下の機械がいっぱいあるお部屋なんだけど……」

 若干頬を引きつらせている父を、みるくちゃんが思いつめたような表情で遮った。

「そう……地下の研究室なのね」

「うん……でも、エロおやじがずーっといやらしい目で見てくるから、ここ……居間? にいるの……」

「……」

「か、母さん?」

 瑠未の能面が、加速していた。浩太はこの後の展開をいち早く察知して、みるくちゃんの右手を素早く握った。

「ひゃ!? な、何を──」

「み、みるくちゃん、僕たちは先に玄関に行って、出かける準備をしておこう」

 つい空いている左手で彼をぶん殴りそうになった彼女だったが、その真剣な瞳を見て、素直にうなずいた。

「う? うん……」


 すー、と音もなく二人が玄関へと離脱した次の瞬間。


「え? 巌さん? あなたは一体何をやっているんですか?」

「……」

 今までの夫婦間のやり取りがかわいく思えるような、そんな声音だった。

「この間、言いましたよね?」

「……はい」


 巌は土下座することも忘れて直立不動である。


「ご自分で作られたアンドロイドだろうが何だろうが、女性の姿かたちをしている時点でそんな行動をしていれば、それはアウト」

「……はい」

「私に対する裏切りですよね?」

「仰る通りでございます」


 極端な怒気は含んでいない淡々とした口調だが、巌の全身から冷や汗が止まらない。


「でもまあ、みるくちゃんと言う可愛い娘を作り出した点を考慮して……」

「……」

「そうですね、浩太の部屋の隣……巌さんの趣味部屋を、私たちがショッピングから帰るまでにキッチリと片付けて頂いて、明け渡してもらいましょうか」

「え!? そ、それは……」

「それは、何?」

「い、いえ、何でもございません……」

 ずーん、と絶望の色を浮かべた巌が、トボトボと階段へ向かった。

「あ、みるくちゃんの教育上よろしくないエロゲ、エロ漫画、エロアニメ、その他諸々一つでも残っていたら、その時は……わかってますね?」

「うう……ぜ、絶対に残しましぇん……」


 物凄い量のコレクションの移動を考えると、自然と涙が溢れてくる巌であった。



 ────────────



 真っ白なミニバンが、疾走していた。

 その運転席には、ご機嫌な瑠未の姿があった。


「ふんふんふ~ん♪」

 鼻歌まじりでアクセルを踏み込むと、車はさらに加速していく。

「きゃっきゃっ!」

 助手席に陣取るみるくちゃんが、そのスピードに歓喜していた。

「か、母さん? 法定速度、法定速度を遵守して──」

「しゃべってると舌を噛むわよ!」

 あらよっと! そんなかけ声とともに目的地の敷地に侵入すべく、ハンドルが豪快にぶん回された!

「左折うううぎゃあああぁあっ!?」

「おおう!」


 満面の笑みのみるくちゃんと、二列目シートで震えている浩太の体が豪快に慣性によって振り回されていた……。


「さて……どこに駐車しようかしら……」


 都会でも田舎でもない。そんな中途半端な地方都市、坂崎市にある広大な敷地面積を誇るショッピングモール。その巨大な駐車場に、今、暴れ馬の入場である。


 徐行……してますよね? そんなギリギリのスピードで空きスペースを窺うハンターが、獲物を捕らえた。


「あ、あそこにしましょう」


 すー、と今までのスピードが嘘のように静かに減速したミニバンが、駐車スペースを少し通り過ぎたところで若干角度をつけてぴたりと停車した。


「周囲を確認して……よし」


 瑠未の左手が素早く動き、ががが、とギアをバックに入れ、ブレーキペダルを解放する。


 ぺーぺーぺー……。


 ゆっくりと車が後退していく。瑠未はバックモニター、サイドミラー、振り返って目視で、等々周囲を慎重に確認しつつ、ハンドルを軽やかにさばいていた。

「お! お! おお!」

 それを間近で見ているみるくちゃんは大興奮であった。


 そして……駐車スペースに、ぴたあ! と会心の停車が決まり……。


「さあ! 行くわよ!」

 シートベルトから解き放たれた瑠未が、ドアをゆっくりと開け放ち、大地に足を踏み下ろした。

「おー!」

 みるくちゃんもそれに続く。

「……お、おお!?」

 すっかり三半規管をやられた浩太は、ふらつきつつも何とか車外へ這い出した。

「浩太は本当に車が苦手なのね……」

 いえ、たぶんあなたの運転が苦手なんですよ?

 近づいてきた母に、そんな視線を送る浩太であった。


「ほら、しゃっきりしなさい」

 だが瑠未は、そんな眼差しを軽く受け流して息子の背中を優しくさする。

「あ、ありがとう。母さん」

 そして、俯いたままお礼を言う浩太の耳もとに、そっと口を近づけた。

(初めてのデートになるんでしょう? がんばりなさい!)

「え!?」

 その言葉にドキッとした浩太が慌てて顔を上げる。

「さあ、行くわよ、みるくちゃん!」

「はーい!」

 そんな彼を置き去りにするように二人は歩きだしていた。


「……」


 離れていく二つの背中を見つめつつ、浩太の脳裏にある疑問が浮かんできた。


(初デート……え? 保護者同伴なんですけど!?)


 声にならない叫びが、心の中でこだましていた。

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脳筋AIみるくちゃんの恋愛ぶーときゃんぷ!? 豆井悠 @mamei_you

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