後編 武士道をみつけたり

 ダンジョンの中だと言うのに清々しい目覚めだった。

 いがみ合う二人には、戦いの果に友情が生まれる。

 昨晩はそんな男の戦いだった。

 今は右手に刻まれたタトゥーが友情の証にさえ思える。

 

 ゼンはそんな晴れ晴れしい気分で素振りをしていた。

 なぜなら、ロイを泣かすことに成功し刀を手に入れたのだ。


 

「切腹! 切腹!」


 ロイから借りた刀は一振りごとに手に馴染んだ。

 昨晩、無事に刀を借りて、すぐに転職を済ませたのだ。

 ゼンは出しっぱなしのステータスをニヤニヤと眺める。


【職業 浪人ローニン

○ 刀による魔力を帯びた攻撃

○ 武士は食わねど高楊枝たかようじ 布の服でも我慢できる

✕ 切腹 致命の一撃を与える (発動条件を満たしていません)

【次の転職条件 サムライ】

△ 義、勇、仁、礼、誠、名、忠を重んじる


 ゼンは【浪人】という魔法戦士になった。

 ロイはといえば捻り上げられた所が腫れてしまい、今はスターシアさんの治療を受けている。

 

「ははは、ひねり上げるほどに無様に泣く奴は見ものだったぜ」


 ゼンは完全勝利に酔いしれていた。


「あー、早く切腹したいなぁ」



「やりすぎだろ!」


 勝利に浮かれていたところ、レンに滅茶苦茶怒られた。


「いやアレは、対等な勝負だったんだ。ブシドーっすよ」


 因みに転職が終わったので、もうござるは言わなくて良い。

 転職の条件を満たす瞬間だけ必要だった。


「いやいや、レンも俺の武勇伝を聞けば感心するっす。正々堂々の勝負だったんすよ」


 ゼンは昨日の勝利を反芻し、右手で何かを捻りあげるような動作をした。


「あの毛玉は強くひねるだけじゃなく、緩急をつけるほうが弱いんすよね。もう弱点は見抜きました。もう絶対負けません圧勝っす」


 頭を抱えるレンの顔が何故か赤い。


「ゼン君は、そういう面では安心だと思っていたのにね」


 スターシアさんにも呆れられている。

 その後ろにはロイの姿があった。


「おはよう親友! いい朝だな。太陽見えないけど! この刀って武器は最高だぜ」


 陽気なゼンに対し、ロイは過去最大の警戒で唸り声を上げている。

 

「どうした親友。あれ? 友情は? ポニテ触っても良いんだぞ?」

「ばるばるばる!」


「まぁ、色々と隠しすぎた私らも悪かった」

「ロイも意地を張らずに言えばよかったのよ」


「いったい、なんの事っすか?」


 とぼとぼとロイがゼンの前に出て来た。


「まずはゼン君が謝る! ちょっとだけど歳上なんだからね」

「は? コイツってやっぱ歳下なんすか?」


 それは、大人気ないことをしたかもしれない。

 サムライは子供にも優しいのだ。


「たしかに、歳下の仲間を泣かすのは駄目っすね、反省するっす」


 ゼンは握手を求めて手を差し出した。

 しかし、この機会に上下関係を思い知らせるのも悪くはないだろう。

 浪人が優しいのは女性と幼子にだけだから。

 ゼン手を伸ばし、握手を求める。


「お前の弱いところを捻り上げてゴメンな」

「ひぎぃ!」


 二人はため息をついている。


「スターシア。この二人どうなると思う?」

「ちょっと想像つかないわねぇ」


 二人は今の浮かれているゼンには期待できないと諦める。


「ほら、次はロイ」


 ロイが骨兜を脱ぐ。

 じっとゼンを見つめる飴色の肌と大きな猫の瞳。


「ロイだ」


 つっけんどんにロイが言った。

 

「いや、しってるけど?」


 ゼンも意味がわからずストレートに返事を返す。


「ロイ。自己紹介くらい本当の名前でしときなさい。蛮族戦士バーバリアンの誇りなんでしょ」


 む~っと唸り声を上げていたが観念したらしい。


「そうだぞ、女の人を困らせるな。俺のステータスボードを見て学べ」


 ニヤリと笑い戒めに右手で物をつまむジェスチャーをすると、ロイがビクリとした。

 効果は抜群だ。

 

蛮族戦士バーバリアンのロイ・バルバだ」


 涙目でロイが言う。

 勝ったなガハハ。

 

「違うでしょ。蛮族戦士バーバリアンの誇りはどうした、ロイ」

「なんだ、ロイは偽名なのか? 嘘はだめだぞ。女性には誠実でないとな」


 スターシアさんはますます頭を抱え、レンはなぜか笑いをこらえていた。


「ローズ……マリー」


 ん?

 ゼンは摘み上げる仕草を止めた。


「ローズマリー・バルバ」

「ローズマリー? 女の子みたいな……名前だね?」


 毛玉、ではなくローズマリーが毛皮を肩のあたりまで下げた。

 飴色の華奢な肩があらわになる。

 ゼンの肩とは明らかに異なる細さと丸みをしていた。


「肩幅ぁぁぁ!」

「証拠を見せたいけど、毛皮はここまでしか脱げない……腫れてるから」

「ローズマリーの花のつぼみみたいになってたわ」


 ゼンはさっと、右手を背中に回して隠す。


「うわぁぁ!」


「あれ? じゃあ、あの吸い付く様な手触りの良い壺は?」

「ゼンはエッチだな」


「俺が捻り上げてたのは?」

「ゼン君は悪いエッチさんですね」


 俺に味方は居ないのか? ゼンは親友に助けを求める。


「いや、その……だってほら。えーと、チョット嬉しそうだったよね?」

「変態! 呪ってやる! ばるばるばる!」

「死んで詫びるでござる!」


 そして、ステータスボードに変化が現れる。


【職業 浪人】

○ 刀による魔力を帯びた攻撃

○ 武士は食わねど高楊枝 布の服でも我慢できる

○ 切腹 致命の一撃を与える ☆☆☆NEW☆☆☆

【次の転職条件 サムライ】

✕ 義、勇、仁、礼、誠、名、忠を重んじる


 こうして魔王も世界も関係のない、中級冒険者たちの生活は続くのである。


おしまい


—————————————


《作者からのお願い!》


お読み頂きありがとうございます。

あなたからの応援が励みになります!


もし、笑ったり、ツッコんだりしていただけましたなら、ページ下↓にある


『☆で称える』の+ボタンを3回押して評価、応援をしていただけると嬉しいです!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷宮で咲く花 長田桂陣 @keijin-osada

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ