犬小屋づくり

まにゅあ

第1話

 我が家に、犬がやって来た。

 九歳になる息子が、誕生日に犬がほしいと言ったためだ。

 犬種は、柴犬だ。生後三か月で、よくある赤毛。くりくりとした目が可愛らしい。

 名前は、シバ。安直だが、息子が名付けたので、何も言うまい。

 シバを飼い始めてしばらく経った頃、夜の晩酌をしていると、妻が訊いてきた。

「シバちゃん、だいぶ大きくなってきたわよね。生後何か月経ったかしら?」

「六か月だな」

「そう。そんなになるのね。もうそろそろ外飼いを考えたほうがいいわよね」

 シバは外で遊ぶのが大好きだ。最近は夜になっても自分から家の中に入ってこなくなった。外もだいぶ暖かくなってきたし、外飼いを始めるにはいい季節かもしれない。

「そうだな。外飼いってなると、やっぱり犬小屋はいるよな」

「ええ。今度ホームセンター見に行ってみる?」

 

 次の休日に、俺は妻とホームセンターに向かった。息子は友達と遊ぶ約束があると言って、ついてこなかった。最近の息子は、シバの散歩も嫌々といった風だ。誕生日にシバがやって来たときはあれほど喜んで散歩に出かけていたのに……。本当に子どもは何事にも飽きるのが早い。

「へえ、いろいろな犬小屋があるんだな」

 シンプルなつくりのものから、おしゃれな窓や庇がついたものまである。大きさもまちまちで、どれを選んだらいいのかさっぱりだ。

「これはどうかしら?」

 妻がそう言って示したのは、シンプルながらも実用性の高そうな犬小屋だった。妻はどんなときでも即決するタイプで、買い物のときすごく頼りになる。

「よさそうだな。――ん?」

 その犬小屋にしようかと思っていたところ、そばにあった店内広告が目についた。

 ――犬小屋、一から作ってみませんか? 流行りのDIYに、あなたも挑戦!

「ふうん、こんなのもあるのね」

 妻の言葉を聞きながら、俺は一つのことを思いついていた。これはいいきっかけになるかもしれないな。

「犬小屋、自作してみるか」


 さて、犬小屋を作るとは言ってみたものの、DIYで何かを作った経験はないし、別に手先が器用なわけでもない。完全なDIY初心者である。

「なになに、インパクトドライバー? なんだそりゃ? ――へえ、ボタンを押すだけでネジを締められるのか。便利だな。――げっ! 四万円! 結構高いな」

 そんな感じで、DIY初心者の俺は、毎日仕事終わりの時間を使って色々とパソコンで調べながら、犬小屋作製に必要な機具や材料を調べ、通販やホームセンターでちまちまと購入していった。


 そうして迎えた休日。

「よし! 揃ったな!」

 一応必要そうなものが一通り集まったので、犬小屋を作ることにした。ネットを見ると、一日で作れるみたいだ。

 図面はネットの情報を参考にして作ってみたが、素人丸出しの感が否めない。

 木材はホームセンターで適当なサイズに切ってもらっているので、実質俺がやることは、入り口の開口部分を切り取って、木材を組み立てて、ネジを締めて、塗料を塗って――そんな感じだ。あれ、思ったよりもやること多くね? 本当に一日でできるのか?

「まあ、なるようになるか」

 俺は犬小屋作りを始めた。

 作業をしていると、息子が縁側に出てきた。

「何してるの?」

 さっきまでリビングでアニメを観ていたが、気になって出てきたようだ。

 俺は、よし、かかったな、と内心で思いながらも、それをおくびにも出さずに答える。

「シバの犬小屋を作ってるんだ。大きくなってきたし、外で飼ってやったほうがいいと思ってな」

「ふーん」

 息子は興味なさそうに言うが、縁側から立ち去ろうとしない。

 よし、あとちょっと押せばいけるな。

 俺は右手に持っていたインパクトドライバーを掲げて、

「これ、めっちゃカッコいいんだよな。押すとギュイーンって鳴って、一気にネジが締まる。――ほらな」

 実践してみせると、息子は縁側からかなり身を乗り出していた。

 俺はそんな息子に、とどめの一撃をお見舞いした。

「やってみるか?」

 そうして俺は、息子を犬小屋作製に引っ張りこむことに成功した。

 安全には十分に配慮しながら、息子に犬小屋作りを手伝ってもらう。

「お父さん、板ずれてるって」

 子どもは飲み込みが早く、いつの間にか息子のほうが手際が良くなっている。

 ……別に悔しくなんてないぞ。

「あら、楽しそうね」

 リビングで編み物をしていた妻が顔を見せる。

「お母さんも、やる?」

 息子が訊く。楽しそうで何よりだ。

「じゃあ、ちょっとだけ」

 妻も加わって、三人で作業する。最後の塗装作業は、妻が一番上手だった。

「できた!」

 息子が嬉しそうに声を上げ、

「僕、シバ呼んでくる!」

 興奮した様子の息子に、俺は言う。

「まだ塗料が乾いてないから、シバに使ってもらうのは明日の朝――じゃあ臭いが残ってるか。夕方くらいかな」

「ええ~」

 息子は頬を膨らまして不満顔だ。

 名前を呼ばれたからか、シバが庭にやって来た。

「シバ!」

 シバが息子に飛びつく。最近構ってもらえていなかったからか、シバも嬉しそうだ。

 じゃれあっている息子に、俺は声をかける。

「散歩、行ってきたら?」

「うん! ――シバ、勝負だ!」

 息子はシバと競って走り出し、庭を出ていった。

「あなた、嬉しそうね」

「まあな」

 犬小屋を作った甲斐があったというものだ。これを機に、息子がまたシバと遊んでくれるようになったらいいなと思う。


 次の日の夕方。

 仕事から帰ると、玄関で待っていた息子が「早く、早く!」と急かしてくる。

「シバの家! 夕方ならオーケーなんでしょ!」

 俺はスーツから着替える間もなく、息子に引っ張られて庭へと連れていかれる。

 リビングを通るときに、微笑む妻と目があった。

 縁側で涼んでいたシバに、息子が言う。

「シバ! 家ができたよ!」

 息子にじゃれつくシバ。息子はそんなシバを「うんしょ!」と抱きかかえて、犬小屋の前に持って行く。

「ほら、シバの家だぞ!」

 だけど、シバは後ろにいる息子のほうを振り返って、ワンっと吠えるだけで、犬小屋に入ろうとしない。

「ほら!」

 息子がお尻を押すけれど、シバは抵抗して中に入ろうとしない。

 それでもシバを押そうとする息子を止め、俺は犬小屋の中を覗いてみた。

「うーん、特にジメジメしてるとか、臭いが残っているとかはなさそうだけどな」

 お尻を押される感触があったので、振り返ってみる。

 犯人はシバだった。

 鼻で俺のお尻を押していた。

「こら、シバ」

 それでもシバは楽しそうに俺のお尻を押してくる。

「ご飯できたわよ。――あら」

 縁側の様子を見に来た妻が、くすりと笑って、

「あなた、今晩からそこで寝るの?」

 冗談交じりに訊いてくる。

「お父さん! そこはシバの家だよ!」

 息子が真面目な様子で言う。

「ちょっと待ってて」

 妻はリビングに引っ込んだかと思うと、エサ入れを持ってくる。そこには並盛のエサが入っていた。

 スリッパを履いて庭に出てきた妻は、そのエサ入れを犬小屋の中に置いた。

「今までずっと家の中で飼ってきたんだもの。こうやってエサで釣って、犬小屋に慣らしてあげる期間が必要なのよ。――さあ、私たちはご飯を食べましょう。そのうちシバもご飯がほしくなって、犬小屋に入っちゃうわ」

 やっぱり妻には敵わないなと思いながら、俺はリビングに戻ろうとする。

 息子は不服そうだ。自分が作った犬小屋にシバが入ってくれなくて不満なんだろう。

「気長に待ってあげよう。俺たちの大切な家族だろ?」

 俺は息子の頭に優しく手を置いた。

「……うん」

 ご飯を食べ終えて庭を見てみると、シバは気持ちよさそうに犬小屋で眠っていた。

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