第2話 逆行転生して5歳児になっちゃいました。

 不思議と体に痛みを感じる事無く、私は目を覚ました。あれ程に強烈だった痛みは、欠片も感じる事無く、ただ喉が異様に乾いていた。そして、目を開いた先に見えるのは、真っ白な天井。咄嗟に自分の周りを確認すると、明らかに病室と思われる場所だった。


 麻酔が効いているのかな? 無事だったんだ、良かった。


 まず頭に過ったのは、あの激痛が無い事への安堵だった。


 恐らく車に撥ねられたんだろう。あの状況で無事に命があっただけでも運が良かったと思う。ただ、恐らく私が交通事故に遭った事は実家に連絡が行ったと思うし、ただでさえ父が亡くなったかどうかと言う混乱の状況で、家族みんなに迷惑を掛けたと思う。


 あの事故からどれくらい時間が過ぎたんだろう? 痛みが此処まで無いのは、結構時間が過ぎているのかもしれない。


 ただ、テレビで見るような呼吸器はつけられていない。もっとも、しっかりと私の横に点滴が吊るされてはいた。


「お父さんはどう・・・・・・あれ?」


 自分が発した声に違和感を感じる。まるで子供のような声で、私の声ではない。


「何が」


 続く声も変わらずに甲高い子供の声。


 今の自分に何が起きているのか判らない。何が起きているのか、まだ事故のショックと父の状態への不安、更に追い打ちをかけるこの状況に心臓が凄い速さで鼓動するのが判る。


 その為、咄嗟に起き上がろうとして、点滴の繋がっている左手を見ると。


「え? 子供の手?」


 思わず左手を持ち上げる。


 恐らく小学生低学年くらいの腕? ただ、なんで? え?


 混乱する私は、点滴の管に注意しながら取り敢えず身を起こしてみる。


「小さい? え? あれ?」


 自分の体の大きさが明らかに子供サイズだ。というか、子供そのものだ。


「何? 何が起きたの?」


 自分の手足を見て、体を見る。ただ、自分の病室の中に鏡が無い為に自分の姿を見る事が出来ない。


「スマホ、スマホは?」


 見渡す限り病室内に私の鞄すら見当たらない。


「そっか、良く考えたら事故の時に手にしていたスマホが無事であるはず無いか」


 未だに自分の発する声に違和感を感じながらも、何か無いかと周りを見回す。そして、ふと自分の着ているパジャマに見覚えがある事に気が付いた。


「あれ? このパジャマって」


 私が子供の頃に来ていたパジャマに良く似ている?


 あの頃、子供達の間で流行していた魔法少女の洋服っぽいフリフリで青色のパジャマだ。誕生日にプレゼントして貰って大喜びをした記憶がある。


「・・・・・・うそ、もしかして」


 一つの可能性が頭の中を過る。


 改めて自分がいる場所を見渡してみる。此処は明らかに病室だ。ただ、その病室を見回してみると至る所に違和感を感じる。


「何となくだけど、見覚えがあるような、ないような?」


 私は点滴を吊るしている棒を握りながら立ち上がり、とりあえずトイレへと向かう事に決めた。


「トイレなら鏡はあるよね?」


 そう、まずは自分の姿を確認したい。父の事、家族の事、事故の事、様々な事で頭の中はいっぱいいっぱいになって、とにかくトイレに行こうと急いで立ち上がりました。


ガラガラガラ


 今まさに立ち上がった所で、突然病室の扉が開かれました。思わず入って来た人と顔を見合わせてしまいます。


「日和、どうしたの? トイレ?」


「・・・・・・」


 病室に入って来たのは、明らかに30歳は若くなっている母でした。私は思わずマジマジと母を見ますが、母はそんな私の様子に違和感を感じたようでした。


「日和? 本当にどうしたの?」


 怪訝そうな、不安そうな、そんな表情を浮かべた母が、手の持った袋を床において私の額に手を当てました。


「よかった、熱は無さそうね。どうしたの? お母さんがいなくて不安だったのかな?」


「・・・・・・うん」


 母の顔を見て、頭の中が更に混乱して何も考えられなくなりました。気が付けば目からボロボロと涙がとめどなく流れるのが判ります。


「ん? どうしたの? 大丈夫よ? 起きたら一人で不安だったのね」


 私が涙を流すのを見て、母は私を抱きしめてあやす様に背中を叩くリズムに次第に落ち着きを取り戻していきました。


 その後、母と話をしていて漸く今の状況を思いしました。


 5歳の冬にお父さんがインフルエンザに感染して、私もお父さんから貰っちゃって、子供の私は重症化して大学病院へ入院する羽目になっちゃいました。一時は結構不味い状況だったそうで、大きくなってからも家族の中では良く話題にしていました。


 ただ、本人である私はあまりその時の事を覚えていなかったんですよね。


 子供の頃、特に幼稚園の時の事とか殆ど覚えていませんよね? 勿論、同じ小学校へ進学した子は覚えています。でも、違う小学校へ行っちゃった子とかは、名前も顔も覚えていません。幼稚園であった行事なんかも、アルバムの写真で見ているだけで、その時の記憶とかは殆ど無いです。


 結局の所、私は高熱が下がらなくて緊急入院して、今はやっと熱が下がってきたところみたいです。恐らくこの熱の御蔭で記憶が戻った? そもそも、記憶が戻ったという考え自体が可笑しいのかな? 何らかの原因だと思うのですが、今私の中にあるのは前世の記憶という訳でもなく未来の記憶ですよね? そう考えるとすっごく不思議な感じがします。


 そこから二日後に漸く退院の許可が下りたんですが、切っ掛けがインフルエンザという事で入院中はお姉ちゃんにもお父さんにも会えませんでした。本当ならお母さんも拙いそうですが、そこは昔の病院です。意外と融通が利くと言うか、厳しく無いみたいです。


 退院という事で、お父さんもお姉ちゃんも一緒に病院まで迎えに来てくれました。久しぶりに見たお父さんは、まだ髪もふさふさです。そして、お姉ちゃんもこの頃はまだ小学校2年生くらいだったかな? 何となく感動です。


「よし、荷物は積んだな。10日振りのお家だ、日和も待ち遠しいだろう」


「うん、病院だと何にも出来ないんだもん」


 お父さんの言葉にそう返事をします。ただ、そのお父さんの横には思いっきりお母さんに甘えているお姉ちゃんが居ました。


「ほら、日向も車に乗りなさい」


「お母さんの横が良い」


 私が入院中はお母さんの実家であるお婆ちゃんの所に預けられていたお姉ちゃんですが、当たり前だけど寂しかったんだよね。私と3歳違いで、この頃はまだ小学2年生くらいです。私達には優しいお婆ちゃんだけど、やっぱりお母さんと離れ離れは悲しいですよね。


「私は助手席にのる!」


 ここはお姉ちゃんに後部座席は譲って、私は助手席に乗ってシートベルトを締めました。


 この頃ってまだチャイルドシートの義務化はなかったんだっけ?


 そんな事を思いながら、車に乗って家へと向かいます。その最中にも、頭の中を占めるのは今の状況です。


 これだけ時間が経って、これだけ現実感があるんだから夢じゃ無いよね?


 未だに実際は交通事故で病院に運ばれ、そこでこの夢を見続けている。そんな可能性が頭を過ります。本当に自分が小説にある様に逆行転生したとは中々信じる事が出来ません。


「もしかすると、パラレルワールド?」


 もう一つの可能性としては、並行世界に転生した。私が前に住んでいた世界と非常によく似た世界。もしかすると此方かもしれません。ただ、そうすると私の記憶も何処まで当てになるかです。


「日和、何か言ったか?」


「え? 早くお家に帰りたいなって」


「そっか、10日ぶりだからな」


 お父さんはチラチラと此方へ視線を向けながら話してくれます。


「駄目だよ、お父さんちゃんと前を見て運転してね」


「ああ、そうだな」


 車を運転するお父さんを見ながら、私は此れからどうすれば良いのか考え始めました。


 記憶があるから有利だよね? 小学校の勉強とかなら問題無いと思うけど。ただ、所詮は凡人だから有利なのも中学生くらいまで? 下手すると中学校でも平均値くらいになる自信あるなぁ。


 元々頭が良かったとかなら良いけど、公立中学に行って平凡な成績で、それこそ平凡な公立高校に進んで、だから下手すると小学校高学年の授業とかでも勉強し直さないと駄目っぽい。特に社会科とか暗記物はヤバいですよね。


 あとは、中学から始まる英語! すっごく苦手だったんだよね。1年生の1学期、中間と期末テストでどっちも90点とったけど通知表は3だったんだよね。あれで何かやる気が無くなっちゃったのを覚えている。私より高得点の子達がいたんだって判ってるけど、絶対先生の依怙贔屓もあった。


 あれで英語が嫌いになっちゃったからなあ。


 結局、その後ずっと英語には悩まされたなあ。そうすると、今の内から英会話の塾に通わせてもらうとか?


 前はお姉ちゃんが友達に誘われて通い始めたバレエ教室に、私も1年生から一緒に通ってたんだ。小学校を卒業するまで習ってたけど、運動音痴はかわらなかったよね。今回はバレエは行かなくて良いかな? そもそも、何で私までバレエに行くようになったんだっけ?


 この頃の出来事を色々と思い出していきます。ただ、どれもあやふやではっきりとしません。


 もし本当に逆行転生したんだったら、まずは未来を変えたい。もう一度、同じような未来を歩くのだけは嫌だ!


 平凡な人生だった。特に酷い事も無く、ただ何の楽しみもない人生だった。最後は事故で死んじゃったのだろうけど、それはそれで仕方が無いと思えなくもない。


 でも、せっかく遣り直せるなら幸せになりたい。やり直して良かったと思える人生にしたい。大した才能や能力がある訳じゃ無いけど、少しでも幸せになれる未来を模索したい。


 私は家に帰りつくまで、止めどもなくそんな事を考え続けていました。

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