21 電話




「お電話ありがとうございます。

波留さん、私は築ノ宮様の秘書をしている

渡辺由美子と言います。」

『……あの、アキは』


波留は築ノ宮の事をアキと呼んでいるのだ。

それを聞いて由美子は少し嬉しくなった。


「大した怪我ではないわ。大丈夫よ。

それより、」


由美子がちらりと築ノ宮を見た。


「その時に彼をかばってお二人の関係者が怪我をしてしまったの。

それで築ノ宮様はすっかり落ち込んでしまって。」

『……、』

「それにあなたの事で本当に悩んでいらっしゃるのよ。」


ここで由美子は電話をスピーカーに変えた。

彼女は築ノ宮を見て口元に指を当てて

喋らないように釘を刺した。


「お返事は無理にしなくても良いですよ。

でも電話は切らずにどうかお話を聞いて頂けますか。

お願いします。」

『……、』

「築ノ宮様からお話を聞きました。

本当の事を知ってしまったのね。

築ノ宮様もその事をものすごく悩んでいて、

どうしたらいいのか分からないみたいなの。

こんなに悩んでいる築ノ宮様を見たのは私は初めて。

それで仕事でついミスしてしまって事故が起きてしまったの。」

『……、』

「あのね、築ノ宮様って子どもの頃は

どうしようもない我儘な腹黒い子どもだったのよ。」

『えっ……、』


二人の話を近くで聞いている築ノ宮が複雑な顔になる。


「乱暴ではないけど頭が回って計算高いのよ。

だから学校でも裏の番長みたいでね、

私も何度も学校に行って後始末をしたわ。」

『今はそんな感じじゃないけど、』

「そうね。

それで築ノ宮様が15歳になった時に修行に出たの。」

『修行ですか。

あの、ヒナトリさんと言う方が兄弟弟子だと

アキが言っていたけど。』

「ええ、そうよ。

先生は穂積様と言う方で一緒に修行していたのがヒナトリさん。

それで3年経ったら帰って来たけど、

前とは全く違う人になっていたわ。」

『……、』

「それで帰って来てすぐにとりかかった事は何だと思う?」

『……分かりません。』

「物の怪達の聖域を作る事と彼らと共存する事よ。」

『……、』

「私はびっくりしたのよ。

だから築ノ宮様に聞いたわ。どうして聖域なのですかって。

そうしたら物の怪達も一生懸命生きているのが

分かったっておっしゃったの。」

『…………、』

「築ノ宮様のお父様の世代は

ともかくどんな物の怪も祓っていたわ。

でも私はそれはどこか違うと思っていたの。

だから築ノ宮様がそうおっしゃってからはっきり分かったわ。

人も物の怪も同じ世界に生きているのよ。」


電話の向こうで波留のすすり泣く声が微かに聞こえる。


「でもね、今でもそれに反対している人はいるし、

それを継続するためにはとても苦労が多いの。

毎日仕事が多いのもそのためよ。

築ノ宮様もそうだけどお父様も聖域を守るために

頑張っているのよ。

それも全て物の怪の方々と平和に共存したいから。」


それを聞いている築ノ宮は俯いていた。


「だから私は築ノ宮様があなたと出会ったのは

運命のような気がするの。

それにあなたに会ってから築ノ宮様はすっかり変わったわ。

忙しいけど張りがあると言うか。

いわゆるハッピーなのよ。

毎日大変だけどあなたと会うために頑張っているわ。

あなたをとても大事にしている事が分かるのよ。」

『……アキ、』

「あのね、近くに築ノ宮様がいるの。」

『アキ、』


由美子は立ち上がると築ノ宮のそばに来た。

彼は顔を上げる

少しばかり目が赤い。


「後は二人で話し合いなさい。」


由美子はにっこり笑うと築ノ宮にスマホを渡した。


「渡辺さん、ありがとう……。」


築ノ宮がスマホを受け取った。


「……ハル、」


由美子はそのまま執務室を出た。

彼女は扉に背を預けてため息をつく。


「お姉さんが出来るのはここまで。

後は二人で話し合いなさい。」


由美子はふっと笑う。

そしてこの後必ず二人の気持ちは戻ると確信があった。


「ただの勘だけど。」


由美子は波留の声を思い出す。

そしてすすり泣く声を。

築ノ宮が怪我をしたと聞いてすぐに電話をかけて来たのだ。

彼女も築ノ宮にまだ深い心があるはずだ。

それは何があっても消えないだろう。




しばらくすると執務室から築ノ宮が出て来て隣の秘書室に来た。


「すみません、今から波留の所に行きます。

その、予定は……。」

「全てキャンセルしました。」


何事も無いように由美子が言った。


「出来たんですか?」

「無理矢理です。

その代わり別の日に回しましたので後が大変ですよ。」


築ノ宮が手を口に当て少し笑った。


「渡辺さんは本当にすごい。」

「馬鹿にしないで下さい。ベテランですよ。」


彼は彼女の電話の内容を聞いて、

由美子が自分をどう思っていたのかよく分かった。

築ノ宮がやって来た事や目指したい事を彼女はしっかりと理解していた。


「本当にありがとうございました。」


彼は頭を下げると急いで出て行った。

由美子はそれをちらりと見る。

そして口元が緩む。


「世話の焼ける弟だわ。ホント、上手い事やれよ。」


由美子は電話をかけ始めた。

スケジュール調整だ。


「……急で本当に申し訳ありません。

またこちらで予定をお知らせしますので。

はい、少しばかり体調を崩してしまいまして……。」


先程からこればかりだ。

電話を切って彼女はぺろりと舌を出す。


「体調が悪いのは本当だから。

精神的な、ね。私は嘘は言ってない。」


彼女はぶつぶつと言いながら別の所にも電話をかけた。






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