19 消失




「ヒナトリ、荷物の整理終わりました。」

「ああ、更紗お疲れ様。並べられるものは並べようか。」

「はい。」


ヒナトリ・アンティークでは万年青から届いた物の

検品の最中だった。


「オークションだな。

しかしまあ、曰くのあるものばかり……。」


ヒナトリがジュエリーケースに入った指輪を手に取った。


「ローマ時代のインタリオンだ。

中世に貴族が手に入れて使っていたみたいだが……、」


彼はそれを両手に包みしばらく目を閉じて

その指輪を探った。

そして手の中にふっと息を入れる。

すると指の隙間からさらさらと光のようなものが落ちた。

彼が手を開くと指輪は心なしか輝きを増した感じだった。


「これで綺麗になったな。」

「この指輪もなにかあったのね。」


更紗がそれを見て言った。


「ああ、その貴族は没落したみたいでな、

それでも最後の最後までこの指輪は手放さなかったようだ。

それで死んだ時に誰かに抜き取られた。」

「泥棒されたの?」

「そう。

それで指輪はその貴族がいた所に帰りたいみたいだ。

その人が好きだったらしい。」


更紗が指輪を手に取った。


「そう、もうずっと帰りたがっていたのね。」


彼女は指輪をそっと包んだ。


「まあそこに関係ある誰かがそのうちやって来る。

その時はお前を出すからな。

縁があれば買ってくれるよ。」


更紗がふふと笑う。


「ギブアンドテイクね。」

「それはそうだよ。こっちも生活があるし。

欲しい人に物を提供してお足を貰う。正しい事だ。」


ヒナトリが指輪を光にかざした。


「でもこいつは本当に綺麗なものだ。

持っていた貴族が手放さなかったのも分かるよ。

とても美しい。」


ヒナトリがうっとりとした顔で指輪を見た。

その時だ。

裏口のベルが鳴った。


「はーい。」


更紗が裏に回ると素鼠すねろうがいた。


「すまんな、忙しいかの?」

「いえ、構いませんよ、入って下さい。」


更紗は笑って言ったが素鼠老の顔色は冴えない。


「何かあったんですか?」

「そうなんじゃ。」


素鼠老が店頭にいるヒナトリを見た。


「どうした。」


彼は素鼠老の顔を見て言った。


「深刻な話か。」

「そうなんじゃ。」


ヒナトリはすぐに素鼠老の近くに来た。


「様子を見れば分るよ。何があった。」

「お前達には影響はないかもしれんが、

ヒナトリの所に来る物の怪には関係がある話でな。」


素鼠老が椅子に座る。


「物の怪が何人も消えているんじゃ。」

「どこかに行ったと言う事か?」

「いや、何もかも消えてしまったんじゃ。

一人二人でなく何百人と。」


ヒナトリと更紗が顔を合わせた。


「そんなに沢山消えたらすぐ分かるんじゃないか?」

「それがな、最近まで全く分からなかった。」

「どうしてそれが分かったんだ。」

「築ノ宮殿の三五さんごのリストじゃ。」


築ノ宮の三五商社には現世にいる物の怪のリストがある。

それはある意味物の怪の戸籍のようなものだ。


「三五の他の支部で少し前に調べたら、

リストにはあるが実際にはいない人がかなりいたんじゃ。

それで他の支部でも調べてみると

驚くぐらいの物の怪がいなくなっていたんじゃ。」

「でも全然分からなかったって変じゃありませんか?」


更紗が言う。


「消えてしまった物の怪を直接知っている人や仲間に

その者の記憶が全くない。

そして家財道具なども全て無くなっているんじゃ。」

「でもリストは残っていたんだろ?

どうしてそれは残っているんだ。」

「リストやそれを記入した者は

直接その物の怪と会った訳じゃない。だから残っている様じゃ。」


素鼠老はため息をつく。


「リストはただのリストじゃ。

人の戸籍とは違って死んだりしたら

届けを出さなきゃならんと言う物じゃない。

それもなかなか発覚しなかった一つの理由かもしれぬ。

それでな、」


素鼠老は二人を見た。


「この街でも既にかなりの数の物の怪が消えておった。」


ヒナトリと更紗は驚く。


「何人だ?」

「今の所30人近くじゃ。

もしかするとここに来ておった物の怪もおるかもしれん。」

「そんな馬鹿な……。」


ヒナトリの顔が歪む。


「物の怪は何人も来るが、いなくなった奴はいない……。」

「消えた物の怪に会った事のある人からもその記憶が消える。

最初からその存在は知らないのと一緒じゃ。

だからもしここに来ている者が消えても

二人は思い出せんじゃろう。

多分リストを見てもピンと来んだろうな。」


ヒナトリがため息をついた。


「彬史は知っているのか?」

「ああ、この前お知らせした。

それでな物の怪達が消えたのは聖域にも関係があるようでな。」

「聖域?物の怪のだよな。」

「ああ、どうもそれに反対する物の怪達がいるようでな、

物の怪が消えているのはそのやからがやっているんじゃないかと。」


ヒナトリは驚く。


「聖域ってあそこは物の怪のものだろ?

どうして反対する奴がいるんだ。」

「どうも押し付けられていると感じている様じゃ。

それで消しているのは人と慣れ合っていると

彼奴きやつが思っている物の怪じゃ。

人の仲間と思っているようでな、だから消している、とか……。」

「呆れたな。」

「人間でも何でもかんでも反対する人っていますから。

物の怪の中でもそう言う者はいるかも……。」

「それがはっきりと分かったのは最近じゃがな。

要するに犯行声明じゃないがそのような話が出て来てな、

聖域を無くさなければもっと物の怪を消すと。」


ヒナトリが腕組みをして考え込む。


「要するに俺達は気が付いていないが、

ここに来ていた物の怪の中に

既に消えてしまった者がいるかもって事か。」

「そうじゃ。」


そして素鼠老が厳しい表情になる。


「それでな、わしはそのように完璧に存在を消してしまう者は

物の怪ではない気がするんじゃ。」


ヒナトリと更紗が不思議そうに素鼠老を見た。


「あまりにも完璧過ぎるのでな。

リストがなければいまだに分からなかった気がするんじゃ。

何者かがな、不埒な輩を操っている様にしか思えん。」


ヒナトリと更紗は素鼠老の物言いに背筋が少し寒くなった。


「まあお前さん方が消される事は無いと思うが、

ここに来る物の怪達にも気を付けるよう言ってくれるか。」

「あ、ああ、それはもちろん。」

「それでな、消されてる物の怪は10年以上前に登録された者ばかりじゃ。

最近リストに加わったものは消されとらん。」

「それも妙な話だな。」


そして素鼠老は帰って行った。

更紗がため息をつく。


「いなくなった物の怪がいたなんて……。」

「しかもここに来た事のある者もそうかもしれんとは。

だが俺には全く誰が消えたかなんて分からん。」

「私も。なにも違和感はないわ。」


ヒナトリが外を見た。

人が何人か行き交うのが見える。


「知っている人が消えても気が付かず、

しかもそんな人がいたのも覚えていないと言う事だな。

俺達のその人の記憶が勝手に消えているんだ。

何だか腹が立つな。」


更紗も難しい顔をする。


「もしかすると大事な人だったかもしれないのに。

そんな記憶も消えてしまうなんて。酷い話だわ。」


そして素鼠老が言った言葉も思い出す。


そのような事まで出来る存在は何だろうか。

生き物としての英知を越えている。


二人は底知れぬものを感じていた。








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