12 闇




結局皆でビールの大びんを5本開けていた。

モンちゃんとしては結構な売り上げだろう。

築ノ宮はご機嫌で店を後にした。


彼はビールをコップ一杯では全く何も様子は変わらない。

ただ今日はさすがにほろ酔い気分のようだった。

波留と手を繋ぎにこにこしながら歩いている。


「さすがに今日は酔ってるのね。」


波留が言った。


「まあ少しばかりね。でも私は結構強いんだよ。」


彼がふふと笑う。


「でもね、ヒナトリの事は話しただろう?

あいつも結構強いんだが、

その彼女の更紗さんと言う人が物凄く強いんだ。

全然顔も態度も変わらない。

あの人を見てると自分は弱い方だと思うよ。」

「ヒナトリさんはローズクォーツの人でしょ?」

「二人ともすごく良い人だよ。ハルを紹介したい。」


そして波留のマンションに着いた。

中に入った途端、築ノ宮が波留に口づけた。


それは長く熱いものだった。

彼の舌が入り柔らかく彼女を責めて来る。


「アキ、酔ってる?」

「そうかも……。ずっと我慢してた。」


彼の息は熱い。

彼女はそのまま彼の首に腕を絡ませた。


波はすぐにやって来る。

彼女も夜を予感していたのだ。

彼のされるがままに彼女はその背中に手を回す。


だがその時、彼の熱の後ろに何かが見えた。


それは暗い何かだ。


普段は彼は無意識に押し隠しているものだろう。

ゆらゆらと蠢く闇は何かの命を壊している。

一つ二つではない、

蠢くものが彼の中に広がっている。


「……!」


彼女は思わず彼を押しのけた。

築ノ宮が何事かと驚いた顔をした。


「……あ、ご、ごめんなさい。」


波留が弱々しい声で彼に言った。

築ノ宮はしばらく黙っていたが彼女の頭に手を触れた。


「ごめん、勝手すぎたね。」

「そうじゃないけど……。」


彼女にも何が見えたのかよく分からなかった。

ただそれは彼に抱かれた時に稀にどこかに見えたものだ。


今日は彼は酔っている。

だからいつもよりガードが緩かったのだろう。

それははっきり見えた。


闇の中にあるのは築ノ宮をねぶるように見る無数の目だった。

そしてそれは全て無念に満ちた恨みの感情だ。


波留にはそれが彼に出会った時から感じている

恐れのような気がした。


波留は築ノ宮を心から愛おしく思っている。

だがどこかで怖さも感じていた。

それは地位ある男性なので感じるのかと彼女は思っていた。


だが今はっきりと分かった。


畏れていたのはこの隠された闇だ。

そしてその闇はなぜか自分にも覚えがある。

近しい何かなのだ。


どうして彼女がそれを感じたのか分からなかった。

理解出来ないものを今見てしまったのだ。


彼女は混乱した。






築ノ宮は結局その日は波留のマンションに泊まった。

少しばかり様子のおかしい彼女を一人には出来なかった。

それにビールを飲んだ後だ。

自宅に帰るのは止めた。


築ノ宮の酔いは既に冷めていた。

電気を消した部屋のベッドに彼女は横になっている。

築ノ宮はその横にそっと入った。


「ごめん、飲み過ぎた。

あのお客さんとモンちゃんと話していて楽しかったから。」


波留が築ノ宮を見た。

もう先程のような闇の気配はない。


「ううん、私も楽しかったし。でもちょっと……。」


築ノ宮が彼女をそっと抱いた。


「今日はこのまま寝よう。明日の朝帰るよ。」

「ありがとう。」


波留は彼の胸元に顔を寄せた。


「最近は仕事も調子が良いから月に3回ぐらい休める。

だからもっと休めるように頑張るよ。」


彼女が彼を見ると築ノ宮が少年のように笑った。

多分波留以外には見せない顔だろう。

彼女は彼の頬に触れた。


もう暗い気配はない。

優しく穏やかな彼だ。

あれは気のせいだろうか。


彼女は彼をじっと見た。

波留はあの闇はただの幻覚だと思いたかった。

築ノ宮の中にあのような邪なものがあるとは思いたくなかった。


「そうね、前より会えると嬉しい。」


波留は築ノ宮の頬に軽く口づけた。


「大変ね。」

「本当に大変だよ。」


大変だが彼はこのように波留と会えると思うと毎日張りがあった。

そして今日の公園も思い出した。

散歩しながらとても穏やかな気分になった。

それは穂積の何かがあったのかもしれない。


平和だ。


闇を浄化する更紗が言った事がある。

穂積とその妻、志野がいる世界を見たと。

静かな自然の景色だ。

自分が修行したお山かも知れない。


その香りを築ノ宮は感じていた。


あの公園は作られたものだ。

それでもあの気配があればいつかは森のように

木々が立派に育つだろう。

穂積があの場所にいるうちはあの公園に心配はないのだ。


そして築ノ宮は自分の父親、博倫を思い浮かべた。

彼は築ノ宮が作った聖域を守るためにそこに向かった。

今はそこで結界を張り見守っている。

彼に未来を指し示した二人はそれぞれ大事な場所を守っている。

その期待に応えるために築ノ宮は生きなければいけないのだ。


その辛い道を進む途中に現れた波留。


彼女は自分の事を詮索しなかった。

それは築ノ宮にとっては救いでもあった。

自分の本当の仕事を彼女に告げると

どうなるのか分からなかったからだ。

だがいずれ彼は彼女に全てを話す日が来るだろう。

その時に波留はどう言うだろうか。


自分の仕事は物の怪を祓う事だと。

波留の中にある半分の血を持つ者を消すのだ。


彼の心が冷える。

自分の手はもう物の怪の血を吸っている。

だが彼女は自身にその血が流れているのは知らない様だった。


ずっと黙っていればそのまま済んでしまうかも知れない。

隠しきってずっと波留と……。


築ノ宮は急に黙り込んだ。

波留が訝し気に彼を見た。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない。寝ようか。」


これからどうなるのか分からない。

だが間近の温かみは今そこにある。


お互いに互いの体温を感じながら眠りが静かに押し寄せる。


その先で見る夢はどんなものだろうか。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る