第20話 黄金を背に

 遠くから見たグラウンドはひどく寂れていて、座り込んだ人の影と立ったまま微動だにしない長身の影が見える。


 校門から様子を窺っていたが、ダルもエンも、バックスでさえ動く気配がない。



「バックスさんは普段から戦いたがらないから……近づいても問題ないよ」

「エンも無傷っぽいし、行ってみよう」



 二人がバックスの方へ歩き始めた途端、バックスは何のためらいも無く背負った鞘から刀を抜く。その大きな背丈に見合った刀は鋭く夕日を反射し、容赦なき殺意を向けてきた。


 言葉を発するでもなく、襲い掛かるでもなく、ただ刀を抜いて二人を見ることはしない。睨むとまではいかない半目で二人を呆然と見つめていた。



「あんまり近づきすぎないように。……僕たちが今いるのは現実だから」



 現実世界で戦い慣れていないTKOTにとって、戦闘の仕方も対処法も素人に近い。

 だからこそ。





 忘れてはいけない。自分たちはあくまでもモノガタリのスペシャリストであることを。


 忘れてはいけない。我々は欲望の奴隷であることを。


 忘れてはいけない。――僕は誰よりも強い欲を持っていることを。





「……何の用だ?」



 低く、這って耳に纏わりつくような声。善意も悪意も無く、拒絶だけが確かにある。

 バックスは最初から仲良くするつもりなど無かった。



「疲れてそうだなと思いまして」



 啓斗は自分でも驚くほど冷たい声が出た。眠気はいつまで経っても覚めないが、寝ていられない緊張感のお陰で意識を保っていられる。



「余計なお世話だ。帰れ」

「いえ、あなたではなく……そこの戦い疲れた彼のことを言っています」



 作った笑顔と一切感情を込めない優しい声。それらが棘だらけであることをバックスは知っている。



「俺にガキをいたぶる趣味は無い。しばらく待てば……お仲間さんは戻ってくる」


「大きなトラウマを抱えて、が抜けてますよ」


「ダルのすることなんざ知ったこっちゃ無い。文句を言う相手を間違ってる」


「知ったこっちゃないなら尚更そこを退いてくれませんか。邪魔です」


「そう簡単に物事が進むほど甘くねぇんだよ。……ったくだからバディは面倒だとあれほど言ったのに」




 痺れを切らしたバックスが距離を詰めてくる。


 刀が黄金に光り、目前まで迫るまでそう時間はかからない。



 ふとした瞬間に力が流れ込んでくるのに気づく。足元から絡みつくように、全身を縛る縄の苦しさが脳裏を過る。



 覚えている。息が詰まるような「依存」。


 手を取るようにわかる。「睡眠」への強引な引導だと。


 眠ることを恐れず、なるようになることを信じ、無意識に未来を預ける。


 幕が下りる。瞼が閉じる。その瞬間、黄金の峰が身体に降りかかろうとするのが見えた。


 次の衝撃は痛みじゃない。


 眠りにつき後ろに倒れる啓斗をそっと受け止めるいばら。

 間合いに入ってきたバックスを跳ね飛ばすいばら。


 あまりに都合の良い動きをするいばらは、「依存」と共に生きている。



「啓斗くん、頑張って起きるんだよ。いくら「依存」でも……」

「わかってるよ。半分くらい寝てるだけ……」



 吹き飛ばされ、刀で勢いを殺すバックス。



「やるじゃねぇか」



 ただの若造だと思って油断していた自分を悔やむ。少ない手数で済ませるつもりが長丁場になりそうだと、二人を睨む。



 鋭く若い眼光がバックスを突き刺す。怯むことは無いが、どうも黄金がちらつく。


 それが夕日であることも、刀が反射していることも、青春の色であることもバックスはわかっていた。


 だからこそ、バックスは刀を鞘に戻し、鞘を固定する紐を解いた。



「……はは」



 不気味な笑みと共に零れる笑い声。


 一対二といばらの「孤立」状態。


 自分はダルの保護者でも、金魚の糞でも無い。




 唯一無二の、ダルの相棒。




「鬼はな、いつだって一人なんだ」



 覇気。欲望を満たせた最高の状態で「孤立」を使う。


 「孤立」は何も拒絶しない。


 それこそ、啓斗やレイ、いばらが近づこうと思えばいくらでも近づける。


 二人がバックスを眺めるしかできなかったのは、きっと。




「……赤鬼だ」




 欲望を意のままに操り、オルタナティブ化することなく欲望を「叶えた」姿。


 バックス・レイダーにとって「孤立」とは何なのか。



 彼が考え着いた終点は、真っ赤な角が二本頭から生えた鬼の姿。


 心なしか爪も赤黒くなり伸びていて、口を開くと多少なりとも牙が際立つ。




「君らに憎しみも何も抱いてないけれど、ダルの欲望は邪魔されたくない。ガキなんだからわかるだろ。どうしても譲れない、クソくだらねぇものが」




 バックスは名も無き刀に欲望を纏わせる。



 一人でいることに想いをはせる。一人で戦う姿に想いをはせる。


 独りであるが故に映し出される最高の逆転劇のエンディングは黒では無く赤。


 バックスの欲望に満ちた愛刀「鬼面」が鞘から抜かれる。



 真紅の刀身はもう黄金を反射しない。




「来い。ぶつけてみろ。仲間を助けてぇんだろ、ガキどもが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Tale Keepers of Truism 星部かふぇ @oruka_O-154

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画