第40話 自動車


★シアン・イルアス



 ミステフトのように技術が進歩した街では、『自動車』と呼ばれる乗り物が多く利用される。


 ストレイ研究の結果発明された技術で、運転席の手元のハンドルと足元のペダルだけで操作でき、かなりの速度が出せる。実に便利な乗り物だが、まだ発明から日が浅くそれなりに高価なので、大半の町には出回ってはいない。


 個人で数人乗りの自動車を所有するお金持ちもいるようだが、現状最も多く作られている自動車は『バス』と呼ばれるものだ。


 直方体の形をしていて、二~三十人ほどが乗り込める。街の中を決まった時間・順路で進み、一般の客が料金を支払って一時的に利用する公共交通機関である。言ってしまえば、ライノスヒッポに引かせなくても人間だけで動かせるようになったカバ車だ。


「これがバスか……。カバ車と比べると全然揺れねえし、静かだな」


 手早く取った宿に荷物を置いた後、シアン達一向はバスに乗り込んでいた。向かい合っている座席に四人で腰かけ、窓から景色を眺めている。


「静かなのは、地面が舗装されているからというのもありますね。カバ車が走る街道は往復し易いようならしてはいますが、どうしてもガタつきますから」


 向かいのシャルマは落ち着いた口調で話しながらも、飛ぶように過ぎ去っていく家々に視線を引っ張られている。ムクドリも、窓の外を見ては表情を緩めていた。


「速度もなかなかよね。『風束しづか』で強化した身体能力でも、追いつくのは結構大変かも」


「独特の着眼点だな……しかも追いつけるのか」


 苦笑してしまうが、ムクドリやユキアは普段バスよりも速く動いているということになる。改めて、味方の戦力を実感した。


「三千年前は、もっと速い乗り物が大量に使われていたみたいだけどね。地上じゃなくて空中を走れるものすらあったぞ。あれらと比べたら、バスなんてまだまだかな」


「お前がマウント取ることじゃねえだろ……。で、ユキア。何も言わずお前についてきたけど、これどこに向かってるんだ?」


 通路側にいるユキアの方を振り返る。四人がこのバスに乗ったのは、彼女の先導に従っての行動だった。


 と、ユキアよりも先にシャルマが得意げな表情で口を開いた。


「ユキアさん、みなまで言わないでください。このバスはミステフトの北側行きです。それなら行き先は自明の理というやつです。すなわち、ミスティ孤児院……! サンセマムの孤児院ほどではないにしても、比較的幼女が多い場所として僕も以前から目を付けていまし」


「で、ユキア。何も言わずお前についてきたけど、これどこに向かってるんだ?」


 明らかに見当違いなシャルマは無視し、再度同じ質問をする。ユキアも、シャルマには見向きもせずに頷く。


「この街には、『ミステフトデパート』っていうところがあってね。いろんなお店が一つのビルの中に入っている、いわゆる百貨店ってやつだよ。幅広い商品があるって人気の場所だし、まずはそこに行こうかなと」


「なるほど、まだ多少は金も残ってるし、面白いものが買えるかもな。良いじゃねえか」


 手持ちが少なくはなってきているが、今日使う分ぐらいは余裕である。今は買えない高額な商品があったとしても、キィからお金を受け取った後に買うことができるし、売り物を見て回るのも楽しそうだ。


「あ、もしかしてあの建物かしら?」


 ずっと窓の外を見ていたムクドリが、バスの前方を指差す。高いビルで、建物の側面に『ミステフトデパート』と書かれた看板が取り付けられていた。


 それを見て、ユキアが頷く。


「ああ、あれだ。シアン、バスは降りる時に運転手に停まるよう指示するんだ。手を叩いて『次降ります』って大声で伝えたら、次の駅で停まってくれるよ」


「へえ、そうなのか。確かにさっき、客のいない駅は停まらずに通り過ぎてたな。客が乗ったり降りたりする駅にだけ停車するのか」


 各町の入り口で乗り降りするカバ車と違い、バスは街の中にいくつも駅がある。バスごとに停まる駅や順路が異なり、利用する際は目的地に一番近い駅に停まるバスを選んで乗り込むことになる。また、降りるまでに通り過ぎた駅の数に合わせて、降車時に支払う金額が上がっていくのだ。


 目的地が前方に見えてきたということは、シアン達は次の駅で降りなくてはならない。両手を上げ、息を吸う。


 ……その時、近くに座っていた別の客が座席の脇にあるボタンを押した。すると『次の駅で停車します』という女性の声がバス内に流れた。


「っておい、手を叩いて大声で伝えるってのは嘘かよ!? マジでやりそうになったじゃねえかあぶねえな!」


 ギリギリで手を引っ込め、ユキアに向き直って叫ぶ。ユキアはくつくつと笑いを堪えていた。


「惜しかったな。もう少しでシアンの奇行を旅の思い出にできたんだが」


「そんなもん思い出にしようとすんなよ……。あとそれ、オレだけじゃなくて四人全員恥ずかしくなる奴だろ」


「チュウチュウ」


「なんの誤魔化しにもならねえからな」


 ため息を吐いて、シアンはバスを降りるべく立ち上がった。

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