第二章 復讐という道

第39話 大都市『ミステフト』


★シアン・イルアス



 街を囲う、巨大な市壁。それを出入りするために造られた門。


 門の前に停められたカバ車から降り、門衛に四人分の名前を伝えて旅人として登録する。そしてシアンは、仲間達と共に街へと足を踏み入れた。


 瞬間、たった今踏み出した足を止めてしまう。


「…………おおお」


 目の前に、シアンが見たことのない景色が広がっていた。


 乱立する高層ビル。一面に広がる舗装された大地。行き交う大勢の人間。重低音を上げて道路を走る、自動車と呼ばれる乗り物。


 フードを被っているため若干音が聞こえづらいが、それでもはっきりと、人の声や自動車の音が届く。それほどまでに、大きな『街』の音は大きかった。


「シアンは、大都市に入るのは初めてなんだっけ?」


「……ああ。『民』から逃げ出した後は、目立たないようにずっと人の少ない場所に隠れてたからな」


 傍らのユキアの問いに、顔を向けないまま答える。街を見るのに忙しいからだ。


 ここは、『ミステフト』と呼ばれる都市だ。シアン達の目的地であるルナビオンほどではないが、ルサウェイ大陸の中でもトップレベルに大きな街だった。


 キメラが多く生息するため町同士の交流方法が限られるルサウェイ大陸では、人の多い場所ほど技術が発展する。多くの人間がストレイを解析することで、様々な道具が発明される。大きな建物が建てられ、生活も豊かになる。


 シアンは今まで、人口の少ない小さな町にしか入ったことがなかった。だから、ミステフトのように発展した街を見るのは初めてだった。


「僕とムクドリも、ここまでの大都市に来たことはありませんでした。どうせなら、少し観光してみたいですね」


「確かに、合流時間まではまだ結構あるしね」


 シャルマとムクドリも、シアンと同じように興味深そうに周りを見渡していた。普段は冷静な彼らも、見慣れぬ風景にテンションが上がっているようだ。


 ……涅槃ネハン撃退のためルナビオンを目指すシアン達がこの街を訪れたのには、当然理由がある。


 数日前、シアンは仲間達と共に『魅魁みかいの民』の一人であるリウと戦った。その死闘に勝利できた理由の一つが、『カスタネクト』というワープストレイを手に入れられたことだ。


 リウの策を破るだけでなく、その後の移動にも大いに役立ったストレイだ。だが、只で入手できたわけではない。四人が持っていた有り金のほとんどをつぎ込んで、なんとか買い取ることができたのだ。


 リウに懸けられていた懸賞金のお陰で即一文無しにはならなかったが、その後キャンプ用品などを購入したことでかなり手持ちが減ってしまった。四人分の食費を考えると、このままでは近い内に餓死しかねない。


 大金を稼ぐ方法は、実のところある。シャルマの描く絵だ。


 天才画家マジナとして描かれた絵はとんでもない価値を持ち、高額で取引される。だから絵を売れば簡単に大金持ちになれるのだが、その売り方が問題だった。


 マジナが十五歳の少年だと広まれば、今までのように正当な評価が得られなくなる可能性がある。また、シャルマが絵描きとして顔が広まってしまうと今後動きづらくなることも考えられる。そのためシャルマはキィに協力してもらい、無関係の人間を使って金持ちに絵を売っていた。


 シャルマはこの一年間、定期的にキィと会っては絵の提供と代金の受け取りをしていたという。今回も、一度キィと合流して前に渡した絵の分の代金を貰う必要があるのだ。


 そしてキィとの通信で決めた合流場所が、このミステフトなのである。


「わざわざキィと直接会わなくても、シャルマの絵をシアンが誰かに売りつければいいんじゃないのか? こういう大きな街には金持ちも多いし」


「いや、絵の売りつけ方なんてわかんねえっつの。オレが天才画家マジナの関係者として目立ったりしても困るだろ。今まで通りキィに任せとこうぜ」


 ユキアの無責任な提案を却下し、ようやく街の景色から目を離して仲間達に向き直る。


「ただ、キィがミステフトに着くのは今日の夜になるって話だったよな。今はまだ朝の九時前だし、ムクドリの言う通り意外と時間に余裕がある。つまり……」


「今日一日は、ミステフト観光ができるわけですね」


「旅の荷物を持ったままじゃ動きづらいし、まずは宿に行きましょう」


 かくして、シアンは初めて訪れた大都市を見て回る機会を得ることができた。

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