第12話 『魅魁の民』の長


★ユキア・シャーレイ



 一度見失ったサル型キメラを見つけるのは、思っていた以上に骨が折れた。


 ウサギの聴覚で探そうにも、他のサルが何匹もいるため木札を持っている個体を判別することができない。一匹一匹確認し、手ぶらのサルを片っ端から蹴り倒していき、最終的にキメラの根城であるサル山のような岩塊で木札を発見した。


 苛立ちを発散させるためにサル山を蹴り砕いておこうかとも思ったが、周りにいる数十匹のサルが暴れ出しては面倒そうなので、木札だけ取り返して逃亡した。何匹かに飛び掛かられたが、全力のユキアの速度には誰も追いつけなかった。


「また落とさないようちゃんと仕舞っとけよ。もう一度宝探しすんのはゴメンだからな」


「わかってるよ……さっきは少し油断していたんだ。これからは気を付けるから」


 憎まれ口を叩くシアンと二人、サンセマムに向かって歩いている。周りの景色は変わらず岩石地帯だが、サル探しをしている内に町からはある程度遠ざかってしまっていた。


「ほら、普段は聴覚に頼って周りを警戒してるからさ。帽子で耳を隠してると、どうしても反応が遅れちゃうんだよ」


「はいはい、言い訳ご苦労さん。今後は帽子被ってる時はちゃんと目で周りを見るようにしてくれよ。その調子でリウにあっさり拘束されたんじゃマジで笑えねえからな」


「くっ……言い返せない……」


 自分の失態で迷惑をかけた直後なので、強気に出られない。シアンを弄るのはしばらく難しそうだ。


 ちなみに町で被っていた帽子は、今は脱いでいた。周囲の物音にすぐ反応できるようにするためだ。リウだろうが無関係者だろうが、近づいてくればすぐに気づける。


「…………」


 隣を歩くシアンの方を盗み見る。


 訊きたいことが、いくつかあった。

 昨日の時点では、どこまで踏み込んでいいかわからなかった。そして町の中では、『民』に関わる話は避けていた。


 周りに人がおらず二人きりである今なら、話せる。


「なあ、シアン」


「うん?」


 シアンが顔を向けてくる。特にマイナス感情は感じられない。木札を取り返すのに付き合わせたことは、全然気にしていないようだ。


「君の目的は、『魅魁みかいの民』の長を殺すことなんだよね? でも、それって『民』達にとってそこまでの痛手なのか?」


 まず、気になっていたこと一つ目。


 シアンの目的についてだ。命を懸けてやろうとしているほどの成果が期待できるような事柄なのか、疑問に思っていた。


「普通に考えて、長が死んだら別の『民』が新しい長にすげ変わるだけだろう? 今の長を殺すことにあまり大きな意味を感じられないんだけど」


「ああ……確かに普通そう思うよな。悪い、説明が足りてなかった」


 さらりと謝るシアン。


「さっきユキアは『今の長』って言い方をしたけど、その言葉は『魅魁の民』には当てはまらねえんだ。『民』の長は代替わりしたりせず、今も昔もこれからも、ずっと同じ人物を差すからな」


「え……?」


 代替わりしない。「これからもずっと」ということは、何十年という月日が経っても変わらないという意味だろうか。


 だが人が不老でない限り、いつかは役割を降りる必要があるはずだ。それこそ、ユキアのようなストレイでもない限り。


「まさか、『民』の長は……」


「ちょっと期待してるとこ悪いけど、長は人型ストレイではねえよ。ストレイの力を使って、生きながらえてるだけだ」


 思わず前のめりになるユキアに、シアンはかぶりを振る。確かに、もし長が人型ストレイなら昨日の時点でユキアに話しているだろう。


「本名はわかんねえけど、長は『涅槃ネハン』って呼ばれてる。百年以上も昔に、そいつが自分の子供達と一緒に賊やってたのが『魅魁の民』の始まりだ。その一族の子供達が更に子供を産んで、どんどん増えていった結果が今の『民』な。どういう経緯で地下に隠れ潜むようになったのかはわかんねえけど」


「ということは、涅槃は全ての『魅魁の民』の祖とも言えるのか。『民』達にとっての、エンディとセレネみたいな」


 二百年前にルサウェイ大陸に現れた、神の使者であるエンディとセレネ。二人が愛し合って生まれた子供達が、人類の始まりだ。大陸に住む人間は全員、エンディとセレネの血を引いている。


 伝え聞く話によると、二人は数十年前から姿を消しているらしいが……。


「ただエンディ達と違うのは、涅槃は今もボスとして君臨し続けてるってことだ。なんでも精神を別の人間に乗り移らせるストレイを持ってるらしくてな、それで若い身体に乗り換えながら生き続けてるんだと」


 人型ストレイでもない限り、人間は成長しやがて衰える。だが涅槃は、身体が衰えれば次の肉体に乗り移る。そうすることで、常に万全の身体で永遠に生き続けるのだ。


「ぶっちゃけ、謎の多い人物だぜ。どんなに遠縁だろうと、涅槃の血を引いてる奴はみんな『民』の闘争本能を持って生まれてくる。そしてみんな、涅槃への同調意識みたいなものが湧いちまうんだ。オレが知る限り、『民』でそうならなかったのはオレだけだ」


「――――」


 思っていた以上に、『魅魁の民』の本能というものは強いらしい。そしてその本能の大本は、涅槃という男。


「オレが長を殺そうとしてるのはそういう理由だよ。『民』ってのは、涅槃を中心に存在してる集まりだ。涅槃は死ぬほど強いって話だが、殺せれば『民』に大きな打撃を与えられる。命を懸けるだけの価値はある」


「…………」


 平然と言うシアンを見つめ、沈黙してしまう。


 本当に訊きたかったのは、ここからだ。

 問うべきか、躊躇ってしまう。けれど、いつまでも訊かずにいるのも嫌だった。


「……ねえ。君は本気で、涅槃を殺そうと考えているんだよね?」


 シアンの青い瞳を見つめたまま、疑問を質問へと変換する。


 シアンは、訝しむように眉を上げた。


「? だからそう言ってるだろ。本気じゃなきゃ自分からリウを探したりしねえよ」


「……君の行動が涅槃を殺すためのものであることは、疑っていない。リウを追うのは奴が持っているワープストレイを奪うためで、そのストレイを用いて涅槃のいる場所へと向かうつもり……というのも事実だろう。だが、本当に涅槃に勝てる気でいるのか?」


「――――」


 シアンの顔から、感情が消え失せた。


 二人の足が止まる。シアンは押し黙り、ユキアの視線を受け止めている。


「君は地上の人間の中では、高い戦闘能力を持っている。だが君が数人いる程度じゃ、サンセマムを滅ぼせるとは思えない。実際君の序列は『民』の中でも下の方だと、昨日言っていたな。そんな君が『民』を束ねる化け物に太刀打ちなど、できるものなのか?」


 同じ人間でも、鍛え方によって強さはまるで違ってくる。例えば町の門衛程度なら、数人でシアンを取り囲んだとしても返り討ちに遭うだろう。シアンの能力は、それくらい抜きん出ている。


 ならば『魅魁の民』の長は、どれほどの力を有しているのだろう。身体を乗り換えながら百年以上を生きているのなら、その間蓄積された研鑽は計り知れない。


 涅槃を殺すというのは、羽虫がゾウに歯向かうような無謀ではないだろうか。


「第一、まずリウに勝てるかどうかにも大きな不安が残る。奴は地上を自由に行動できる、『民』の中でも上位の人間なのだろう? そんな相手から、ストレイを奪えるのか?」


「……、オレ一人じゃ、難しいかもしれねえ。でも今は、お前がいるだろ。オレとお前がうまく協力すりゃ、あいつ一人ぐらいならなんとかなると思う」


「つまり君は、ボクがいなければリウに殺されるということだな。不死身だからまずは生け捕りにされて、死ぬまで繰り返し殺され続けるのかな」


 シアンの不死鳥の力は、何十回と殺され続ければいずれ絶えるという話だった。『民』に捕えられれば、最終的に死ぬのは変わらないはずだ。


 事実、昨日ユキアがリウにドロップキックをかます直前まで、シアンは逃げ回っていたという。もしユキアがいなければ、逃げ切れたかどうかも危うい。


「……やっぱり君は、失敗して死んでもべつに構わないって思ってるんだね」

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