第11話 シャルマとムクドリ


★シアン・イルアス



 シアンがサンセマムにいることは、十中八九リウにも予想がついている。

 そしてリウにとって、『民』の情報を知っているシアンは殺すべき存在だ。


 故に、リウはサンセマムの周辺でシアンを探している可能性が高い。その状況で町から出るのは少し怖かったが、人の命が懸かっている以上仕方ない。


 フードを被っているので遠目からはシアンだとわかりづらいし、仮にフードを脱いだ状態でリウに見つかったとしてもすぐ戦闘になることはないはずだ。


 何故なら、今のシアンにはユキアがいるからだ。


 強靭な肉体と人間離れした脚力を持つストレイ人間。元『魅魁みかいの民』であるシアンに負けず劣らずの戦闘力を有している。いくらリウでも、シアンとユキアを二人まとめて無力化するのは難しいはずだ。


 不死身であるシアン相手では奇襲で一息に殺すこともできないし、かといってワイヤーで拘束してもユキアが邪魔をする。


 また、リウにしてみればユキアが『民』の情報を知っているのかどうかもわからないので、シアンを執拗に狙いすぎて『民』の存在にユキアが気づくという展開も警戒するだろう。


 この辺りの理由から、ユキアという存在はリウ側からの攻撃に対する抑止力になるのだ。


 ――もしリウが他の『民』呼んできて協力されたら詰むけど、あいつ団体行動クソ嫌いだからやんねえだろうしな。


「む。シアン、あれじゃないか?」


「……、」


 ユキアの声で、我に返る。


 彼女に負ぶわれて街道を進む内に、回りの景色は大きく変わっていた。草木のほとんど生えていない、高さ数十メートルという台形型の岩塊が大量に乱立している岩石地帯だった。


 そんな岩塊群の間に、倒れたカバ車が見えた。カバ車と縄で繋がれているライノスヒッポは、動けないため地面に座り込んでいる。その近くに、十数人の乗客達。


「まだ生きてる!」


 ということは、盗賊もいるはずだ。狙撃手を警戒して周囲の岩の上に目を走らせるが、見当たらない。


 シアンを背負ったまま、ユキアは乗客達の方へと加速する。今は何よりも、彼らの命を守ることを優先すべきだ。どうせシアンもユキアも狙撃では死なないので、いざとなれば自分達が盾になればいい。


 ……と、思っていたのだが。


「あれ……?」


 乗客達のいる場所にたどり着きユキアの背中から降りたところで、思わず間抜けな声を上げてしまった。


 そこに乗客と同じぐらいの数の盗賊が、一人残らず縛られて座らされていたからだ。乗客達は皆で力を合わせ、倒れたカバ車を起き上がらせようとしている。


「おや、救援ですか? 申し訳ありませんが、盗賊達は既に僕達が無力化しましたよ」


 シアン達を見てそう言ったのは、乗客達の中にいた金髪の少年だった。


 シアンよりも若い。十五歳ぐらいだろうか。物腰の柔らかそうな雰囲気をまとっているが、両腰のホルスターには二丁の拳銃が確認できる。幼いながらも、知性を感じさせる相貌だ。


 少年の隣には、黒髪の少女もいた。こちらは更に幼く、十二、三歳ぐらいだ。『着物』という一部の地域で着られている衣服に身を包み、腰には長い刀を佩いている。少年と対照的に、表情からはあまり愛想が感じられなかった。


 ユキアが二人の姿を見つめ、眉をひそめる。


「無力化したって、君達だけで盗賊を全員捕らえたのか? 敵は凄腕の狙撃手もいたと聞いたが」


「ええ。カバ車に乗っていた護衛の方は最初に狙撃されたので助けられませんでしたが、残りの乗客が殺されるのはなんとか阻止できました。敵の狙撃手も、僕が逆に銃ごと撃ち抜いて負傷させたので大した脅威にはなりませんでした」


 二丁拳銃に手を添えて答える金髪の少年。

 今度はシアンが首を傾げた。


「撃ち抜いたって、その拳銃でか? 狙撃手がいる場所まで弾届いたのか?」


「ああ、この銃はストレイなので普通の拳銃ではないんですよ。変形機能があって、様々な銃器に形を変えられるんです」


 少年がそれぞれの銃を取り出す。黄色の拳銃で、互いを引っ掻けられるような凹凸がいくつも付いている。少年が二つの銃を交差させ組み合わせると、ガシャンと音を立てて一つになり、形が組み変わった。体積自体も明らかに増え、一秒後には狙撃銃へと姿を変えていた。


「すごかったんですよ、この子達。子供二人だけで、十人以上いる盗賊を次々に倒していったんです。護衛が殺された時は肝を冷やしましたが、彼らが一緒に乗ってくれていて助かりましたよ」


 乗客の中の、商人らしき男性が言う。本当に、金髪の少年と着物の少女の二人きりで盗賊を撃退したようだ。


 少年は謙遜するように首を横に振る。


「いえいえ、旅をしていればこれくらいの戦闘能力は身につきますよ。キメラと戦う機会も多いですし」


「お前ら、二人で旅してるのか? つか、親は?」


「親はいません。僕はシャルマといいまして、こちらの着物の子はムクドリといいます。訳あって、二人だけで大陸を回っているんです」


「…………ふうん」


 理由の部分をぼかしたのは、話しづらい内容だからだろうか。


 幼い頃から鍛錬を積んでいれば、十代前半ぐらいの年齢でも盗賊を返り討ちにすることもある。シアンも、十数人の低級盗賊ぐらいなら一人で無力化できるだろう。地上の人間でそこまでの実力がある者は限られるだろうが。


 ユキアが顔を近づけ、耳打ちしてくる。


「なあシアン。年齢にそぐわぬ戦闘技術を持っているみたいだが、あの二人も『民』の一員という可能性はないか?」


「いや……オレも見覚えねえし、そもそも地上を自由に動ける『民』は上位の一握りだけなんだぜ? あのムクドリって奴は見たところ十二歳ぐらいだし、その年でトップに上り詰めるなんてことまずねえよ」


 小声で答える。厳密には序列の低い『民』数人を連れて地上に出ることもあるが、その場合は小さな村を襲うだけだ。カバ車のような公共交通機関に乗るなどという目立つ真似は絶対にしない。


 変わった子供ではあるが、シャルマとムクドリが『魅魁の民』ということはないはずだ。


 と、ずずぅんっという重い音が聞こえてきた。乗客達が、ようやく倒れたカバ車を起き上がらせたようだ。


 商人の男が、ほっと息を吐く。


「やっとカバ車が動けそうですね。サンセマムに着くのがだいぶ遅れてしまいました」


「……あ、そういえば、サンセマムのおっさんに連絡したのってあんたか?」


「ええ。護衛の方が殺された直後に救援を求めたのですが、通信機が撃ち抜かれて壊されてしまったんです。シャルマ君達が助けてくれたので、必要なかったですけどね」


 男は上半分が丸ごと破壊された通信機を見せ、苦笑する。電話ごと彼の頭も吹き飛ばされなかったのが不幸中の幸いといったところか。


 ……その時、複数の小さな影が岩陰から飛び出した。


「っ、キメラ!?」


 オレンジ色の小さなサルだった。黒い羽毛に背中を覆われている。一匹が乗客の方へと飛び掛かったが、空中でシャルマに撃ち落とされた。


「この辺りを縄張りにしてる奴か!」


 シアンの方へとジャンプしてきたサルをひらりと避け、血の刃で喉元を斬り裂く。後ろではユキアが、近づいてきた個体を遠くまで蹴り飛ばしていた。


 キメラは数匹で打ち止めとなり、簡単に撃退できた。思いの外すぐ終わった戦闘に、少し気が抜ける。シアンとユキアの出番が少しでもあってよかったと思うべきか。


「……ねえ」


「ん……?」


 いつの間にか、着物の少女が近くまで寄ってきていた。シャルマと一緒にいた子供だ。


「お前、ええっと、ムクドリだっけ?」


「あなた今、変わった足運びをしていたわね。どこかで習ったの?」


 幼く可愛らしい外見だったが、口調は不愛想だった。というより、感情に乏しい。戦闘能力だけでなく、態度も年齢不相応に思える。


「変わった足運び」というのは、サルを躱す時に使用したものだろう。『魅魁の民』時代に習得した、敵に気付かれずに死角へ移動する技だ。


「ああ……ちょっと、故郷で」


「どこの出身なの? 気になるわ」


 妙に食いついてくる。『民』が編み出した動きは独特なので、一般人にとっては興味を引く技術なのかもしれない。


 とはいえ、『魅魁の民』のことを他人に話すわけにはいかない。


「……大陸の北西の方にある小さい町だよ。それより、お前は服装からして日和ひよりの生まれだよな? あのシャルマって奴とはどういう関係なんだ?」


 誤魔化すように話を逸らす。町の場所も適当だ。子供相手と気が抜けていたのか、少し強引になってしまった。


 ちなみに日和というのは、ルサウェイ大陸の東側にある国だ。刀を使う戦士が多い地域で、苗字が名前よりも前に来るのが特徴だ。ムクドリが着ている『着物』は、日和で作られている衣服である。


「私のことはどうでもいいでしょう。なんていう町なの? 地図に載ってる?」


「なんでそんなにオレの故郷を知りたがるんだよ……」


「あなたの戦い方が気になるからよ。さっきの動きは、相手の意識から逃れることに特化してた。向上心ある身として、是非とも詳しく聞きたいわ」


「……、」


 シアンの足運びの特徴を正しく理解しているところを見るに、ムクドリは実際優れた戦士なのだろう。だからこそ技のルーツを知りたいというのも、納得はできる。


 だが『魅魁の民』については、もし教えたらムクドリが『民』に命を狙われてしまう。どう嘘をついて逃れるべきか。


「……おっと」


 岩陰から再びサル型キメラが飛び出し、ユキアへと飛び掛かった。ユキアは冷静に、回し蹴りでサルを吹き飛ばす。


 だがその拍子に、ユキアの懐から木札が落下した。サンセマムの旅行者の証だ。


 直後、もう一匹のサルが飛び出してきて、木札を拾い上げて逃げていった。


「あっ!?」


 焦りの声を上げるユキア。木札を持ったサルは一瞬で岩塊の向こうへと消えていく。


 あの木札がないと、サンセマムに入れなくなる。ユキアが、慌ててサルを追いかけていく。


 ――あいつ、意外と抜けてるところあるよな……。


 若干呆れてしまうが、ムクドリの追求を逃れる良い機会だった。


「ムクドリ。たぶんもうすぐ、サンセマムの門衛がここに来る。そいつらと合流して、町に行ってくれ。オレ達のことは気にしなくていいから」


「え、ちょっと……」


 ムクドリの返答も聞かず、ユキアを追いかける。さすがのムクドリも、乗客を放置して追ってはこないだろう。


 ちょっと卑怯な気もするが、彼女の身を守るためだと自分に言い聞かせた。





★サエン・ムクドリ



 少年が姿を消したところで、ムクドリはシャルマに近づいて囁いた。


「シャルマ。今サルを追いかけていった二人組を監視して。もし二手に別れたら、フードの男の方だけでいいわ」


「うん? 構わないけど、どうしたの?」


 首を傾げるシャルマ。彼が見下ろしたムクドリの表情は薄いままだったが、瞳の奥には火のような激情が浮かんでいた。


「あの独特の足運び、見覚えがあるわ。出身地を誤魔化したことからも、間違いない」


「それって……」


「帽子の女の方はわからないけど、少なくともあのフードの男は『魅魁の民』よ」

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