第24話 宣戦布告

 出勤すると用務員室の前に奏が一人で立っていた。


「どうしたの?」

 私は奏に問いかけた。


「どっちの?」

 取り巻きがいないことと、用件がありそうなところ。


「どっちも」


「あなたって、私と肉体関係を結びたいの?」


「取り巻きがいないことと、用件がありそうなこと」

 危なかった。大きな勘違いをさせるところだった。


「楓は賭けているわよ」


「何を?」


「青春」

 そりゃ、まぁ、高校生だし、部活に熱心なのは悪いことではない。


「あなたとお付き合いする青春」


「ばかやろう」


「ばかにばかって言われた」


「三十歳のバツイチババアよ。一回り下の高校生が恋愛感情なんてわかないわよ」

 奏はため息をついて修理終わりの椅子に腰かけた。


「小学生の時に不登校で支えてくれた人が正義のヒーローだった。それだけであの子は落ちるの。簡単でしょ。今でも王子様が迎えに来てくれることを願っている。私もよ」


「はい?」


「私も楓も王子様を待っているの。ま、私は焦り過ぎて変な女に手を出しちゃったけどさ、今でも王子様を待っているわ。だから覚悟してね。児玉になんか負けないから」


「いや児玉先生はただのお友達で」


「お泊りしたくせに」

 お泊まりはしたが一線を越えるなんてそんな話は一切無い。甘い寝言、恥ずかしいセリフ、いい匂い。


「な、ない」


「私別に何かあったって言ってないけど」

 掘らなくていい墓穴を掘った。


「大人だもんね。仕方ないわよ」


「ゲームの攻略のお手伝いに行ったの。夏月の攻略が上手くいかなくて」


「BLゲー?」


「違うよ。ギャルゲーだよ!」


「女性が女を落とすゲームか」


「おかしくないよ。女性でもギャルゲーはするよ!」


「私、別におかしいとは言っていないわよ」

 また掘った。もう棺桶に入るしか無いようだ。


「いい? 私と楓はあなたを落とすわよ」


「私、女の子好きじゃないよ」


「食堂でわざわざ隣に座る」

 うぐっ。


「距離感が同僚のそれではない」

 うぐぐ。


「片方にもたれかかって」


「それは無い」


「あの先生やっぱり盛ったわね。ロリコンはダメね」

 あの、私が手を出すとそれもロリコンになる気がするのですが、その辺はいかがお考えなのでしょうかね。


 監視の目があることは察していたが、何を交換条件にしたかは聞かないが逐一奏の耳に入っていたのか。


「あのね。ここは私にとって勤務先。遊びじゃないの、見られると差し障りがあるわけ」


「あのね。ここは私にとって学校なの。遊びはするけど、好きな職員さんの事は気になるわけ」


「それでも見張られるのはいやだな」


「サービスとして楓にも同じ事言ってあげる」


「ありがとうございます」

 なんで私がお礼を言っているのか分からない。見張るな勉強しろというこちらの方が立場は上のはずだ。


 楓はともかく奏は怖いもんな。あの口ぶりだと男性教員の急所を掴んでいそうだし、下手に逆らうと厄介な事になりそうだ。


「気をつけてね。あなたを狙う人は他にもいるわよ」


「不倫されて別れた女に魅力なんかあるかね。高校生にしたら三十なんておばさんでしょ? 狙うなんてそんな」


「私は魅力あると思うけど」

 そう言えば、私を落とすってさっき言っていたな。奏の顔は少し赤くて私に伝染しそうになった。


 無い無い。相手は高校生で私は十分大人。この感情は気の迷いだ。好きだと言われたらそれは嬉しいよ。


「学生は勉強して、運動して、くたくたになって家に帰って寝る。それさえすればいいから、他の事は後回しにして、ほら教室に行きなさい。


「まだ話は」

 立ち上がった奏の背中を押して私は用務員室に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る