【最終章:山川カンナ(4)】

予想外よそうがい人物じんぶつ登場とうじょうに田畑太一郎はおろどいていた。と同時に、田畑太一郎の思考しこう一気いっき加速かそくした。


なぜ、山川母娘おやこがこの場に?いや、山川聖香と渡邉哲郎が仲間なかまであると考えれば辻褄つじつまは合う。むしろ、渡邉哲郎が単独犯たんどくはんであると考える方が不自然ふしぜんなのかもしれない。


高野恵美子の殺害さつがいは、彼女の婚約者こんやくしゃ殺害さつがいにもつながっているはず。とすると、渡邉哲郎は何かの組織そしき所属しょぞくしていて、山川聖香もその組織そしき一員いちいんなのだろう。


フードコートで渡邉哲郎と山川聖香が会ったとき、初対面しょたいめんであるかのようにったのは、二人が仲間同士なかまどうしであることを自分や坂井かなえ、真中しずえにさとられないようにするためだったんだろうか。それにしても、渡邉哲郎たちは何の組織そしきのメンバーなのか。まさか、ガーベラ・・・?


そんな田畑太一郎の思考しこうの流れとは無関係むかんけいに、山川カンナは口を開く。


「哲郎君、この場を一体いったいどうおさめるつもり?」

「いやあ、どうしましょうかねぇ。でも、その『哲郎君』ってのはもうめにしませんか?ほら、僕はもういい年なんだし。」

「何を言ってるのかな。君は私にとっては今も『哲郎君』だよ。それとも『泣き虫哲君てっくん』と言った方がいいかな?」

勘弁かんべんしてくださいよ。そんなの四十年くらい前の話じゃないですか。」

「ふふ、そうだね。時間のつのは早いよね。でも、急に姿すがたを見せなくなったと思ったら、アメリカのはしっこのこんなところにいるなんてね。君の姿すがたひさしぶりに見たときはうれしくてなみだが出そうだったよ。」

「ははは、いかりでなみだでも流したんですか?」


「おい、口をつつしめ。」


いつの間にかに山川カンナの後ろに来ていた山川聖香が二人の会話かいわみ、そう言った。その口調くちょうは、今までのおしとやかで上品じょうひんなものとはまったことなるもので、田畑太一郎はこの女性が本当に山川聖香なのかとうたがった。


「えっと・・・今は山川聖香さんでしたっけ?その名前もいい名前ですね。それに、相変あいかわらずお綺麗きれいなままで何よりです。お元気でしたか?」


と、少しとぼけた調子ちょうしで渡邉哲郎が言うと、山川聖香は「うるさい。ころすぞ」と、みじかく言いはなち、渡邉哲郎をにらんだ。渡邉哲郎は苦笑にがわらいをしながら、山川聖香から目をそらした。


「じゃれるのはほどほどにしなさいね。それに、そんな言葉ことばづかいいはしてはいけませんよ」と山川カンナが山川聖香に言うと、山川聖香は「すみません」と返事をして口をざした。


田畑太一郎は一連いちれんのやり取りを見聞みききして、とても混乱こんらんした。


渡邉哲郎と山川聖香は仲間ではないのか?山川聖香は娘の山川カンナになぜあのようにしたがっているのだろう?それに、山川カンナは四十年ほど前から渡邉哲郎のことを知っているのか?山川カンナは、せいぜい中学生にしか見えない子どものはずなのに?この三人の関係かんけいは一体なんなのだろう?今この場で何が起きているのだろう?と、田畑太一郎の頭の中は疑問ぎもんくされていた。


しかし、山川カンナは、田畑太一郎はそこにいない存在そんざいであるかのように、つづき渡邉哲郎に話しかける。


「さて、哲郎君、ばなしもなんだから、あそこにめた私たちの車に乗って話でもしようか。坂井かなえさんも一緒にね。」

仕方しかたないですね。そうしましょうか。ここで大きな声で話をしていて、人が集まってくるのも面倒めんどうですし。」

「ふふ、素直すなお性格せいかくは変わってないね。安心したよ。」

「あなたに逆らってもいいことないですからね。」


渡邉哲郎はそう言って少しわらい、手にした拳銃けんじゅう上着うわぎのポケットにしまった。


田畑太一郎は混乱こんらん恐怖きょうふで言葉が出てこなかったのだが、渡邉哲郎が拳銃けんじゅうをしまったことと、坂井かなえも車に乗せられそうになっているということで、けっして発言はつげんをした。


「ちょ、ちょっと待ってください。あなたたちの正体しょうたいなにでどんな関係かんけいがは正直しょうじきわからないんですけど、かなえさんをむのはめてもらえませんか?それに、山川聖香さん、あなたのむすめのカンナさんはまだ子どもですよ。山川さんも渡邉さんも、表の社会の人間ではないとは思うんですけど、それに子どもをむのはちがうんじゃないかと思います。」


しかし、その場の誰もが田畑太一郎の発言はつげんには返事へんじをしなかった。それどころか、山川聖香と山川カンナは、田畑太一郎の方をきもせず、彼のうったえを聞いても表情ひょうじょうすらえなかった。


坂井かなえもうなずいたまま一言もはっしなかったが、唯一ゆいいつ、渡邉哲郎だけが田畑太一郎の方を少しだけ見た。しかし、何も言わないまま、その後はすぐに山川母娘おやこの方に視線しせんもどした。


「な、なんでみんなだまってるんですか?あなたたちが高野さんを殺したんですよね?そして、高野さんが婚約者こんやくしゃからったピペットマンのありかをさぐっているんですよね?かなえさんが高野さんとなかかったから、そのピペットマンのありかを知ってると思って、しつこくまとってるんですよね?今、かなえさんを殺してもピペットマンは手に入らないですよ。」


さっきよりも大きな声で、田畑太一郎はみんなに話しかけた。


処分しょぶんしますか?」と、冷徹れいてつな声で山川聖香が山川カンナに聞いた。山川カンナは何も答えない。わりに、渡邉哲郎が口を開く。


「ピペットマンって何のこと?」

「ここに来て、なにをとぼけてるんですか?あなたがさがしているピペットマンのことですよ!」


そう言って、田畑太一郎は渡邉哲郎をにらむ。


渡邉哲郎はやれやれと言った表情ひょうじょうをし、山川カンナに向かって「カンナさん、ひと提案ていあんなのですが、あのバンに乗るのはあなた方お二人と僕と、そこの彼の四人ということでどうでしょうか?坂井さんをいていっても、とくに大きな問題にはならないですよね?」と聞いた。


「哲郎君、君のそういうところ大好きだよ。私もそうするのがいいかなと思ってたの。」

「あぁ良かった。じゃあ、早速さっそく行きましょうか。」

哲君てっくんはそこのぼうやが暴走ぼうそうしないようにきちんと見張みはっておくんだよ。」

「はは、哲君はやめてくださいよ。ま、夜のドライブは悪くないですね。運転手うんてんしゅは聖香ちゃんかな?」


山川聖香は「死ね」とだけみじかく言って、山川カンナに続いてバンの方に向かって歩き出した。


「田畑君、じゃあ僕らも行こうか。あ、そのスーツケースは邪魔じゃまになるからいていってね」と、いつもと全く変わらない調子ちょうしで、渡邉哲郎は田畑太一郎に話しかけた。


田畑太一郎は話の流れに全くついていけなかったが、とりあえず坂井かなえがこの場から解放かいほうされると知って安心した。


そして、坂井かなえの方をむいて、「かなえさんだけでも無事ぶじで良かった。僕は大丈夫だから心配しんぱいしないでください。あとでテキストしますので」と言った。だが、坂井かなえは下を向いたまま、最後まで田畑太一郎の顔を見ることはなかった。


「あの・・・バンにるのは、かなえさんを部屋へやれていってからでもいいですか?彼女、あまりの恐怖きょうふに動けなくなってるのかもしれないです。このまま一人ひとりいておくのはちょっと心配しんぱいです。」


田畑太一郎は、渡邉哲郎にそうお願いをした。しかし、渡邉哲郎は「いや、それはできない。僕らは今すぐにあのバンに乗らないといけない」と、つめたくはなった。


その口調くちょう有無うむを言わせぬものであり、田畑太一郎は大人おとなしくしたがった。ここで無理むりに自分のぶんとおそうとしたら、渡邉哲郎が拳銃けんじゅうをまたすなどして、坂井かなえがふたた危険きけんさらされるかもしれないと思ったからであった。


バンに乗り込む前、田畑太一郎は坂井かなえの方をチラッと見たが、彼女は一歩いっぽうがかずにこちらの方を向いていた。田畑太一郎は軽く手をげたが、彼女はそのままの姿勢しせいでこっちを見るだけだった。


「田畑君、早く中に入ろう」と、渡邉哲郎が言ってきた。うしがみかれる思いではあったが、渡邉哲郎に言われるがままに、大人しく田畑太一郎はバンの中に入った。バンの中は思いのほか大きなスペースであり、簡易かんいなものではあったが、四人がすわれるのテーブルセットもあった。


「場所を変える。」


山川聖香はそう短く言って、エンジンをかけてバンを発進はっしんさせた。山川カンナは助手席じょしゅせきすわっており、後ろの広いスペースには田畑太一郎と渡邉哲郎の二人しかいなかった。


車が急に動きだしたので、田畑太一郎はバランスをくずしてたおれそうになったが、渡邉哲郎にささえられたのでころぶところまではいかなった。


「車内にはつかまれる場所があるから、そこをしっかりとつかんで転ばないようにしよう。とりあえず目的地もくてきちくまでは大人しくしておいてね」と渡邉哲郎に言われた。田畑太一郎はなすすべもなく、言われたとおりにしずかにしていた。


***


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る