【最終章:山川カンナ(1)】

田畑太一郎(たばた・たいちろう)は、坂井かなえ(さかい・かなえ)と一緒いっしょ郊外こうがいにあるアウトレットモールに買い物に来ていた。真中しずえが帰国きこくしてから三週間が経過けいかした日曜日のことだ。


日本に帰国した真中しずえ(まなか・しずえ)は、帰国してからも田畑太一郎や坂井しずえと何回かメールのやり取りをしていたが、ここ一週間はお互いに何のメールもわすことはなかった。高野恵美子の消息についても不明なままで、真中しずえの生活は少しずつ日本での日常にちじょうもどっていった。


それにしたがい、田畑太一郎の生活も例の座談会の前と同じような毎日が続くようになっていた。坂井かなえとも、真中しずえや渡邉哲郎(わたなべ・てつろう)と四人で会ったあとは、特にこれといったやり取りはしていなかった。


しかし、この二日前に「アウトレットモールに一緒に来てくれないか」というテキストメッセージが、坂井かなえから田畑太一郎のもとに突然とつぜん届いた。


田畑太一郎は、坂井かなえにこころかれていたが、共通きょうつうの知り合いであった真中しずえが帰国したため、坂井かなえとはこのまま疎遠そえんになるのではないかと残念ざんねんに思っていた。そのため、そのようなテキストメッセージを受け取ったことで、田畑太一郎の心はおどった。


そんな経緯けいいがあり、この日は坂井かなえの運転うんてんする車で二人でアウトレットモールに来ることになった。


「日曜日なのにわせちゃってごめんね。しかも、突然とつぜんのお願いだったし。」

「いえいえ、そんなことないです。どうせひまだったし、それに俺、車を持ってないので、こんなところまで買い物とか普段ふだんられないんです。」


アウトレットモールの中心ちゅうしん位置いちするフードコートでおそめの食事を取りながら、田畑太一郎と坂井かなえはそんな会話かいわをしていた。


二人は、四人テーブルのせきすわっていたが、のこりの二つの椅子いすには、これまでに買った商品しょうひんが入っている大きなふくろが、それぞれに複数ふくすういてある。


田畑太一郎は、坂井かなえが買った品物しなもの荷物にもつちとしてばれたかのように見えたが、それでも田畑太一郎にとっては坂井かなえとの二人でのショッピングはとても楽しいことだった。


フードコートでは、坂井かなえがハンバーガーを注文ちゅうもんするということで、二人で同じ店にならび、それぞれがハンバーガーとポテト・飲み物がセットになったものをえらんだ。


「かなえさんは、このアウトレットモールによく来るんですか?」


ハンバーガーをえ、のこったポテトを一本ずつ口にしながら、田畑太一郎がそう聞いた。


「うーん、そんなには来ないかな。前回ぜんかいたのは、えっと・・・去年きょねんだね。サンクスギビングの次の日のブラックフライデーでセールをしているときに来たの。」

「それって、朝早くからならんだんですか?ブラックフライデーって日にちが変わる深夜しんやにお店が開くんですよね。どの商品しょうひんもすごく安いけど、どのお店もメチャクチャにんでるって聞いたんですけど。」

「そのときは、研究室けんきゅうしつ同僚どうりょうとみんなで行こうかって話になって、夜十一時くらいに研究室けんきゅうしつわせて行ったんだけど、本当にすごいんでたよ。びっくりしちゃった。」

「どのお店もんでたんですか?」

「お店ももちろんんでたんだけど、その前に車でここに到達とうたつするのだけでも一苦労ひとくろう。すごい渋滞じゅうたいだったんだよ、深夜しんやなのに。」

「そうなんですね。でも、やっぱりっている商品しょうひん値段ねだんは安かったですか?」

「うん、そうかな。でも、私、ここに来るまでにつかれちゃったし、お店もどこもんでるしで、あんまり買えなかったの。」

「そうなんですね。」

「だから、今日はね、そんなにんでないし、ゆっくり商品を見て選べたから良かった。ごめんね。付き合わせて。つかれたでしょ?」

全然ぜんぜん大丈夫だいじょうぶです。すごい楽しいです。かなえさんとのショッピングなら何回でも行きたいです。」


と言ってから、田畑太一郎はふと自分の発言はつげん積極的せっきょくてきすぎて、坂井かなえが少しいてしまうのではないかと心配しんぱいした。しかし、そんな心配しんぱいをよそに、坂井かなえは普通ふつう会話かいわつづけた。


「良かった。このあと、もう少しだけお店をまわってもいい?」

「ええ、もちろんです。」

「私ね、来月に学会がっかい発表はっぴょうするためにヨーロッパに行くんだけど、そのくらいの季節きせつきるるビジネスカジュアルのふくとか、ちょっと大きめのスーツケースとかないから、ここで買っていこうかなと思っているの。」

「ヨーロッパの学会ですか。すごいですね。どこに行くんですか?」

「ドイツに行くの。ちょっと変わったところで学会をするんだ。」

「どんなところですか?」

「なんかね、学会会場がっかいかいじょうよこ動物園どうぶつえんがあって、学会がっかい最終日さいしゅうび懇親会こんしんかいは、そこをまわってから、みんなで一緒に晩御飯ばんごはんを食べることになってるの。あんまり大きな学会じゃないから、参加者さんかしゃ同士どうし距離きょりちぢめようって目的もくてきがあるみたい。」

面白おもしろそうですね。学会がっかいとか、僕はまだ国内こくない関東地方かんとうちほう分科会ぶんかかいで一回しか発表したことがないから、そういう海外かいがい本格的ほんかくてき学会がっかいでの発表はっぴょうとかあこがれます。」

「太一郎君は博士課程はかせかていの学生さんだよね。それなのに、もう発表したことがあるなんてすごいと思うよ。」

「そんなことはないですよ。」


と言いながらも、坂井かなえにめられて、田畑太一郎の表情ひょうじょう自然しぜんとゆるむ。


結局けっきょくおそめの昼食ちゅうしょくのあとも、坂井かなえは自分が買おうとする洋服ようふくやスーツケースなどをじっくりと見てえらんでいたので、二人がアウトレットモールを出発しゅっぱつしようとしたときには、夜の六時にかろうとしていた。


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