【第二章:坂井かなえ(3)】

守衛しゅえいスペースを通り抜け、エレベーター・ホールのところで三人がエレベータが来るのを待っているとき、坂井かなえが二人に向かって話し始めた。


「私の研究室はここの四階にあるの。でね、高野さんの研究室はとなりの西棟の六階。えっと、今は一時半すぎか。高野さんには二時前くらいに予約した会議室に行きますねって今朝けさメールしといたの。それまで私が留学してる研究室をちょっとだけ見学する?」


「え、いいんですか?」と、真中しずえはうれしそうに答える。


「もちろんよ。今日はボスもふくめて誰もいないから気が楽なの」と坂井かなえが言ったとき、エレベーターの到着とうちゃくを知らせるポーンという機械音きかいおんとともにエレベーターのドアが開いた。そのエレベーターは田畑太一郎が想像そうぞうしていたよりも大きく、十人くらいは余裕よゆうで入れそうだった。


「このエレベーター、大きいですね」と、やってきたエレベーターに三人が乗り込んだタイミングで、田畑太一郎が思ったことをそのまま口にすると、「え、そうかな?毎日使ってるから、大きいとか小さいとかあんまり意識いしきしてなかったよ」と可愛かわいらしい笑顔えがおで答えた。


四階のフロアにはすぐに着いた。エレベーターをりて左側ひだりがわに進み、かどを右にがったところの部屋へやが坂井かなえのデスクがある実験室じっけんしつだった。


だが、坂井かなえはドーナツのはこを持っていたので、「実験室の中は飲食禁止いんしょくきんしなんだ。だから、君たちに研究室を見せる間は、これはあっちの部屋に置いとくね」と言って、その実験室には入らずに、少し先にある小さな会議室に向かった。そして、そのあとを田畑太一郎と真中しずえもつづいた。


その会議室で田畑太一郎と真中しずえが目にしたものは、小さいながらも使いやすい配置はいちのテーブルと椅子いすであった。そして、会議室のおくには水道と流しが設置せっちされており、その横には電子レンジと電気ポットもあった。


「あ、こういう場所っていいですね」と、真中しずえが坂井かなえに話しかける。


「でしょ。実験とかでちょっとつかれたときとかに、紅茶こうちゃなんかを入れてむと少しホッとするんだよね。」

「紅茶ですか?おしゃれですね。どんなのを飲むんですか?」

「そこらへんのスーパーに売ってるティーパックだよ。最近はアールグレイがお気に入り。」

「アールグレイ、いいですね。私も好きです。私が帰国する前に、かなえさんと一緒いっしょ紅茶こうちゃを飲みにいきたいです。」

「あ、それいいね!」


なるほど、こうやって二人は打ち解けていったのかと、二人の様子を見て田畑太一郎は思った。彼はアメリカに来て三ヶ月が経過けいかするが、たわいない日常会話にちじょうかいわというものは日本人以外とはほとんどできていない。


それは自分の英語力がないのが原因だと思っていた。しかし、この二人の会話に自然に入っていけない自分を見て、こちらで日常会話が自由にできないのは、単なる自分の英語力の問題だけではないのかもしれないなと、田畑太一郎は少し反省はんせいした。


ドーナツの箱を会議室のテーブルの上に置いたあと、坂井かなえと真中しずえはそのまま会話を続けながら、坂井かなえの研究室に入っていき、田畑太一郎はその後ろをついていった。


研究室は綺麗きれい整理整頓せいりせいとんされていた。


「うわ、すごい綺麗きれい」と、田畑太一郎は研究室を見て思ったことをつい口にした。


「ははは、ありがと。そういってもらえるとお世辞せじでもうれしいな。」

「いえ、お世辞せじではないです。建物たてものも綺麗だなと思ってたんですけど、研究室の中もすごいですね。物品ぶっぴんとかきれいにそろえられてるし。」

「うちの研究室、マネージャーさんが優秀ゆうしゅうなんだよね。しかも、この建物は比較的ひかくてき新しいから、なんか最先端さいせんたんの研究室って感じに見えるでしょ?私、初めてこの研究室に入ったとき、すごい感動かんどうしたの。」


「いいなー。私が留学してるところって、建物が古いんですよね。研究室にも古い機械が多いし。え、これまだ現役げんえきで使ってるの?って機械とかいっぱいありますもん」と、真中しずえは会話に入ってきた。


「アメリカってそういう研究室は意外と多いよね。」

「ですよね。日本の方が良い機械使ってるところが多いように思います。」

「うん、私もそう思う。ここは綺麗きれいなんだけど、となり西棟にしとうは古いんだよね。」

「そうなんですか?」

「高野さんが聞いたらおこっちゃうかもしれないけど、私、留学先がこっちの建物でよかったって思っちゃうくらい。」

「えー、そうなんですか?ちょっと見てみたいです。」

「これから行くからすぐに見られるよ。だって、今日の座談会ざだんかいの会場は西棟だもん。予定より十分くらい早いけどもう行こっか。会議室に高野さんがいなかったら、彼女のデスクのところに行けば会えると思うし。」

「デスクの場所も知ってるんですか?」

「うん。ときどきひまなときに話し相手になってもらってるんだ。」


***


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