Karte.13 新月

「ただいま。…って今日も誰もいない。」


越知瑠璃羽の家族の実態である。

世間のイメージと実態なんてものは、意外にも残酷なほどにかけ離れていた。


「執事やお手伝いさんなんて、いるわけないじゃない。」


すれ違いの家族なのになんのために?

そう思わせるような高級家電や高級家具で統一された広すぎるリビングの机の上には、壱万円が置かれていた。


「これで好きなものを食べてください。 母」


「憧れなんて…幻想よ。」


そう独り言をつぶやいて、自分の部屋へと向かった。

机に座ると正面に窓があって、景色が見えるようになっている。

年々ビルが増えてきたが、彼女はこの配置がどうも落ち着くらしい。

彼女もまた本を読むのが好きだった。

家にいるとき唯一、退屈と孤独を埋められる時間だったのだ。


「私は所詮、いつも孤独。」


夜ご飯もほとんど食べないことが多い。

紅茶とクッキーを食べながら、間接照明だけにして読書をするのが日課になっていた。


「月が見えない、今夜は新月ね。」


そんなことを思いながら、読書をしようと本棚に手をかけた。


「今夜は新月…とても綺麗よね…美しい…」


そう話しかけてきた彼女は、瑠璃羽にどことなく似た姿で、純白のドレスを身に纏っているのに、どこか艶かしき麗しさと妖しげな不安さえも同時に掻き立てる。

彼女がそう、屋上から景を見つめていたあの女性だ。


「見えない月が美しいだなんて、どうかしてるわ。」


「あの子はね…自ら光を発することは出来ないの…照らすものが存在しなければ意味がない…ねぇこの意味わかる?」


「さぁね、わかっても認めない。」


「ふふ…面白い子…」


「そんなことより学校にいるときも、何度か私に話しかけたでしょ?」


「あら…ダメだったかしら?」


「ダメに決まってる!反応しそうになっちゃったじゃん!他の人には見えてないんだからね!!」


強気に出た瑠璃羽だったが、二人は毎日のように反論しあうような会話ばかりしている。


「ならさ…早く私と契約しなさいな…この那楽ならくアビスが…瑠璃羽を導いてさしあげるわ…」


「貴方の世話にはならない。悪いけど、もう私の前に現れないで。」


「冷たい女…私には役割があるの…契約するまでいつまでも居続けるわ…」


「勝手にして。」


契約に応じようとしない彼女に、アビスはさらに詰め寄ろうとする。


「統合失調症…貴方が学校に馴染めないのは…そのせいよ…零花ちゃん…いい子じゃない」


「違う!家庭環境のせいで転々としているから…」


「その家庭環境が…貴方の精神疾患を増大させたのよ?」


「うるさい!急に現れて知ったようなこと言わないで!」


「あっそ…じゃもう一つ独り言…忍夜景くんって子はもう契約しているのよ…彼はエデンの分身ちゃん…」


「エデン?」


「蓮極エデン…私と同じ…いや…宿敵かしらね…」


「そんなことは関係ない、私は契約しない。」


「あらそう…まあいいわ…貴方は絶対闇に堕ちる…所詮は世間が作ったお嬢様ではいられないのよ…ふふふ…」


不敵な薄笑みを浮かべ、いつまでも瑠璃羽に付き纏う。

世間が作ったイメージとかけ離れた彼女の姿に、いち早く気付いていたのはアビスだった。

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